第12話 ディナーパーティー
「……エヴリン、今夜はいつになく大人しいじゃないか。上品なレディーに見える。出来ればいつもそうだと良いのだがな」
「ありがとうございます。父様に恥をかかせる訳には行きませんもの」
立食形式のディナーパーティーの会場。
私は父のからかうような口調にムッとしているゆとりはなかった。
何しろドレスは窮屈だし、普段履かないかかとの高い細身の靴は、見映えこそ良いが、慣れてないため長時間歩くには向いてない代物だ。既にふくらはぎがつりそうである。
それでもメメに指導を受け、ドレスやメイクアップをして辛うじて現在の淑女もどきになっているのだ。
立ちっぱなしは辛いので座りたいが、壁側に少し用意をしているだけだし、招待している側の人間が座って良いのかと言えばノーである。
(グレンはどこにいるのかしら……)
笑顔を引きつらせないよう注意しつつ、転ばないようにすりすりと気をつけて歩いている間も、他の候補者の男性からいちいち挨拶が入る。
勿論立派な方々だと思うし、あんな気味の悪い色合いの魔物を多数討伐しているのだからきっと腕自慢でもあるのだろう。顔立ちだって種族こそ違えど決して悪い顔立ちではない、と思う。
(ただ、私の理想形がグレンになっているせいか、誰を見ても皆同じようにしか見えないのよねえ)
申し訳ないとは思う。思うのだが、小さな頃からグレン一筋だった自分には彼とそれ以外、という見方しか出来ないのだ。
それにしてもグレンは一体どこにいるの? もう少ししたら私はグレンを含め候補者の皆とダンスを踊らねばならない。その苦行のモチベーションを前に癒やしの彼と一言二言でも話したいのに。
ふと、ベランダの方を見ると、揺れるカーテンの陰にグレンの背中が見えたような気がしたのでそちらに急ぐ。
「グレン……」
近づいて見ると、やはりグレンだった。何故かワイングラスを持っている。彼はお酒が殆ど飲めないはずなのだけど。
私に気づいたグレンはハッとした様子で頭を下げる。
「お久しぶりです、エヴリン姫」
「本当にお久しぶりね」
十五歳になると、父からは幼馴染みでも男女で遊ぶのは禁止されたし、彼はそのまま騎士団に入ったので、それからはほぼ挨拶程度の会話しかしていない。あの頃はエヴリンと呼んでくれていたのに。
「……候補者の中にグレンがいると知って、驚いたわ」
「──自分でもこんな勇気があったとは思いませんでした。ただ、このまま何もしないでいる訳には行かなかったのです。エヴリン姫を、他の男に取られる訳には……」
「ちょ、グレン?」
ぐらりと体勢を崩したグレンが足元に座り込んだ。
「す、すみません。陛下に討伐のお褒めの言葉と共にワインを頂いたのですが、ちょっと強すぎたようで足元がふらついてしまいまして」
……父様、嫌がらせかしら。だとしたらグーで殴るわ。
「グレンはお酒が弱いのだから、ちゃんと伝えれば良かったのに」
「……いえ、そんな子供のような男だと知れば、ただでさえ低い可能性がさらに低くなります。私は吸血鬼族ですし」
「だけど、これからダンスなのよ?」
「はい。顔でも洗って頑張ります。──あの、エヴリン姫」
「え?」
「今はまだ言う権利はありませんが、もしも婚約者候補として選ばれたら、お伝えしたい言葉がございます」
真剣な眼差しにこちらも心臓がドキドキして苦しくなる。
だからグレン、今! 今なのよ聞きたいのは!
「そう……楽しみにしていますね」
しかし私から出たのはそんな言葉だけだった。
彼がルールを守ろうとしているのに、自分だけの身勝手な理由で本心を聞き出すのはフェアではない。
だが、何としてでもグレンには勝ち抜いて貰いたい。
まずはこんなに長く言葉を交わせただけでも良しとしよう。
だが、ふと気づいた。えーと……グレンってダンスも苦手じゃなかった?
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