第2話 問題点

 私には、ずっと子供の頃から好きな人がいる。

 中級魔族で吸血鬼族のグレン・カーフェイだ。私の二つ上。

 黒髪に赤い瞳の整った顔立ちに一九〇センチを超える大柄の体。一六七センチの私よりも頭一つ以上は大きい。そして心も大らかでとても優しい。現在は騎士団で働いている。

 小さな頃は沢山遊んで貰ったりしたが、大きくなって来ると男女であることもそうなのだが、一応私はこの国の姫という立場なので、気軽に野山を駆け回るなどということが出来なくなってしまった。はしたないそうだ。探検したり野山を走り回るのって楽しいんだけどな。

 国王だの姫だの言っても、竜族が上級魔族の中でもトップの長い歴史があって、有事の際に上に立つ者が頑健な体であった方が役に立つからというのが最初に決まった要因らしく、それからは問題がないのでそのままズルズルと国王を代々続けているだけだ、と祖父が言っていた。


 ちなみに祖父母たち年寄り世代の人たちは皆、仕事を引退すると山の山頂付近にあるパラディという町で自給自足で暮らす決まりになっており、祖父母も父に即位させるといそいそとパラディに引っ越して行った。

 まあ年寄りとは言っても見た目は若いままの人たちなのだが、ワルダード王国の住民は基本のんびりと暮らしたい人間が多いので、真面目に一定期間働いて子供たちが独立したり、仕事も後継者が育ったりすると、


「よーし引退だー」


 とパラディに引っ込み、老後の人生を楽しく好きなように過ごすという流れが出来ている。

 そして何故かパラディの村には大きな塀で囲いがされており、こちらから訪問するというのは病気や死亡など特殊な事情でない限り許可はされないので、村の様子を知る人間は殆どいない。

 祖父母たちも会いたくなればあちらからやって来るし、来て欲しい時には事前に手紙を送ってお願いしている。恐らく俗世間の面倒事はもう関わりたくないのだろう、というのがこちら側の概ねの意見である。


 まあ祖父母たちの話はともかく、私だ。


・結婚はしたいか → したい

・好きな人はいるか → いる


 この分かりやすい状況であれば、普通はじゃあプロポーズすればいいだろうとなるが、私は王女なのである。自分からプロポーズなどもってのほかなのだ。

 あくまでも相手からのプロポーズや縁談を待たなければならない。

 だが、父は私を溺愛する余りに男性を見る目が異常なまでに厳しいし、私へ向ける愛情が尋常ではないことは周囲の未婚男性は大抵知っている。 そのため、事情を知らない少数の人がうっかり縁談を持ち込むぐらいで(それも父が速攻で理由をつけて却下する)、現在の私は結婚適齢期にも関わらず男性の影が全くない。

 私も誰でも良い訳ではないし、出来ることならグレンが婚姻を申し込んでくれないかと切に願っていたりするのだが、このままでは行き遅れになる気配が濃厚な気がしてきた。


「……メメ」

「はいエヴリンお嬢様」


 私は自室でお茶を飲みながらメメに話し掛けた。

 メメは私の乳母兼専属メイドでオロチ族の人間だ。赤ん坊の頃からお世話になっていて第二の母のように頼り切っている。メメは普段は大変物静かで仕事の出来る綺麗な人なのだが、怒ると瞬時に肌がうろこ状になったりする。大抵は私を心配するあまりの怒りだったりしたのだが、小さな頃はそれが分からず自分が怒らせたとだーだー泣いた記憶がある。


「私、このままだと生涯独身になりそうな気がするの」

「まああのご様子ですと、あと四、五年は難癖つけてエヴリンお嬢様を殿方から遠ざけそうでございますねローゼン陛下は」

「二十二、三歳になってから結婚したとしても、せいぜい子供が産めても一人でしょう? 私は子供が大好きなのよ。愛する旦那様の子供は沢山欲しいじゃないの」

「さようでございますね。確かに子供は可愛いです」


 メメも王宮で文官として働く同じオロチ族の夫がおり、可愛い双子の女の子がいる。


「──ですが、グレン様はどうでしょうかねえ」


 ぽつりと呟いたメメの言葉に私は動揺した。


「なっ、何でグレンの話になるのよ?」

「おや、てっきりグレン様との結婚のお話なのかと。違いましたか?」

「……いえ、違わないけれど」

「小さな頃からグレン様大好きでございましたものねえ。いつも後ろについて歩いてて。背中に引っ付いているのをローゼン陛下が見つけてすぐペリペリ剥がしたりしていたのを思い出しますわ。ローゼン陛下も腹立たしいお気持ちだったでしょうが、職務中ずっと子供と遊んでいる訳にも行きませんものね。それに『同世代の子供たちと遊ぶのも人格形成には大切だ』などと壁に向かって棒読みで仰っているのも何度か聞きましたが、あれはきっと自分に言い聞かせておられたんでしょうね」

「──全く記憶にないわね」


 男性に抱き着くなど、女性としてあるまじき行為ではないか。子供だったとは言え無意識にそんなことをしていたとは。私は赤面した。


「まあお子様の時の話でございますからね。──ただ、もしグレン様がエヴリンお嬢様のことを好ましく思っていたとしても、彼は私と同じ中級魔族ですし……」

「別に中級だって良いじゃないの。彼は素敵な人よ」

「問題は、吸血鬼族ということでございますよ」

「まあ……それは確かに問題なのよね」


 長年の異種族との婚姻などもあって血が薄まったせいなのか、現在の吸血鬼族の人たちは別に人から血も吸わない。レアなステーキなどは大好きだが、温和で争いごとも好まないタイプばかりだ。

 ……ただ、昼間が物凄く弱い。

 当然ながら太陽の光で灰になるとか溶けるとかはないのだが、体力も落ちてしまい、すぐ睡魔に襲われ眠ってしまう、完全な夜型なのである。なのでグレンも夜勤専門だ。


「国を治める次期の国王が、昼間は執務も出来ずにぐーすか眠ってしまうのは、種族の問題としても些かよろしくはないのではないか、と。国交的なお話にもなりますけれども」

「そうなのよね……」


 交易で人間の国とのやり取りもある訳で、昼間に国王が眠っているような国は、種族の特性とはいえ流石に大問題だろう。他国との関係が悪化すれば、昼間に戦争を仕掛けられたらかなりマズいことになりそうだ。


「……まあ、彼が私と結婚したいと思っているかも分からないものね」

「さようでございますねえ。今悩んでいても仕方のないことですわ」


 私はため息を吐くと、友だちにも相談してみようかしら、とぼんやりと考えるのであった。




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