DOTING WAR~パパと彼との溺愛戦争~

来栖もよもよ

第1話 父の溺愛

 私の住むワルダード王国は、ほぼ気候が一定で農業も盛ん、山から採れる銀や鉄などの鉱物資源も豊富で、国民は貧困とは縁もなく皆穏やかで親切。ちょっと他の国と違うのは、この国の民は人族ではないことぐらいか。

 獣族、エルフ族など様々な種族が混在して暮らしているこの国では現在、竜族である父、ローゼン・ワルダードが治めている。

 周囲を圧倒するオーラ、四十歳ではあるが竜族の男性は三十歳前後の年齢で外見の成長がほぼ停止するため、現在の父は子供の頃から変わらず恐ろしいほどの美丈夫だ。

 艶のある長い銀髪と海のような透明感のある青い瞳、整った目鼻立ち、耳に心地良いバリトンボイス。普段は冷ややかな顔つきではあるが、そのクールなところも最高に素敵だと淑女からはもっぱらの評判らしい。

 王妃である母が私を産み、産後の肥立ちが悪く亡くなってからも、ずっと独り身を貫いている。いつも母以外の妻など考えたこともないと言っているので、きっと母のことを本当に愛していたのだろうとは思う。それは良い。愛を貫く、大変素晴らしく結構な話である。


 だがしかし。

 それが母にとても良く似た私への盲目的な愛情に繋がっているのが、娘としては大変問題なのである。




「エヴリン、誕生日おめでとう」

「ありがとう父様」

「…………」

「──ありがとうパパ!」

「うむ」


 公の場では言わないが、屋敷内や二人きりの時にはパパと呼ばないと機嫌が悪い。いつまでも子供扱いをしたいのだろう。

 私も流石に十七歳にもなってパパと呼ぶのは恥ずかしいのだが、無視してパパ呼びをしないと何日も拗ねる。そして仕事でも機嫌が悪いままなので、大臣やお付きの騎士から「姫様、お願いですからここは一つ大人になって」という懇願をされるので致し方なくといったところである。

 大人にならなければならないのは父だと思うのだけど。


「お前もとうとう十七歳か」

「そうね。そろそろ結婚も考えないといけない時期ね」

「何を言う! まだまだ子供じゃないか!」

「……あのねえパパ」


 私はため息を吐く。


「分かっているでしょう? 私たちの種族、女性が子供を産めるのが二十五歳までだって」


 二百年三百年、長寿であれば五百年は生きる私たち竜族は、体の老化が若いうちに止まる。男性であれば三十歳、女性は二十五歳である。事情は分からないが一番体力的にベストな状態で止まり、その後の長い人生を生きるのだけど、若いままが良いことばかりではない。

 成長が止まるということは、女性が妊娠してもお腹の子供が育たないということなのである。そのため、十七歳の成人になってから二十四歳までの七年間の間に結婚をして妊娠・出産しないとその後、子供は望めなくなってしまうのだ。

 他の種族も年齢こそ違えど概ね似たような出産可能期間が存在するため、正直言えば私も早々に結婚相手を探さねばならない年頃なのである。


「……分かってはいる」


 また無駄に見目麗しい顔に悲壮感を漂わせるが、本気でそう思っているかは疑わしい。婚期を逃したら娘とこれからも二人で楽しく暮らして行けるとか思ってそうで怖い。

 そりゃ父は大好きだし愛しているが、私にだって愛する旦那様や産まれた子供と幸せに暮らしたいという希望はあるのである。


「大体、孫の顔も見られないって言うのは、跡継ぎどうこうよりも悲しくないのパパは?」

「……孫……っ!」


 拳を握りしめ、切ない顔を浮かべる父を周囲の淑女たちが見たら、


「何て憂いのあるお顔かしら……色気が溢れてるわねえ」

「後光が射しているよう」


 などと言って顔を赤らめるのだろうが、単に娘を嫁に出すのを嫌がっているだけの娘バカである。未だに母の肖像画を見ながら楽しそうに語っているし、たまに泣いてるし、情緒不安定なことこの上ないのだが、確かに愛情だけは無限大である。適度という言葉は父の辞書にはないのだ。

 ちなみに私たちは頑丈な体ではあるが外傷などに強いだけの話で、内臓系の疾患は普通の人間と同じだ。なので長命とは言っても健康なら若い見た目で長生き出来るよ、というだけの話だ。


「確かに……孫が産まれたら可愛いだろう、エヴリンの子なら尚更だ。……だが、そこらのろくでなしを婿にするのは嫌だ。せめて上級魔族でなければ認めん」

「あら、上級魔族だろうが下級魔族だろうが、私が好きになった人でなければ結婚しないわよ? パパではなく私に決定権があるのだから」

「……それは……」

「パパに決められた相手と結婚して不幸になったら、パパ責任取れるの? 娘を不幸にするパパなんて当然嫌いになるわよ私?」

「ぐっ」


 涙目で娘が反抗期みたいなアピールをされても困る。

 それに上級魔族だの中級魔族だの、たかが歴史と国への貢献などの兼ね合いで勝手に決まっているだけだ。格がどうとか私には良く分からない。

 それに……。

 私は心の中で一人の男性を思い浮かべていた。

 結婚したい相手は実は決まっているのである。父には内緒だけど。




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