最終話 エンドロールのその先は、皆のハッピーエンドでしょ

 レイラとエマは、シャーロットに謁見に来ていた。

 壇上にある椅子に深く腰掛け、2人を見据えるシャーロットの気迫は凄まじくて、先日「めんそ~れ~♪」と、はっちゃけていた人物とは到底思えない。


 流石のレイラもその存在感に圧倒されて萎縮しそうなのに、相変わらずエマは緊張感の欠片もなく、この後に起こるであろうイベントにワクワクしている様だった。


「さて、今日2人に来てもらったのは他でもない。私の息子、エドモントの婚約者に付いてです。現在、エドモントは、ドートリシュ家との婚姻を望んでいます。しかし、ドートリシュ家は中々首を縦に振らないどころか、そなたの方が王太子に相応しいと推薦しました。」

「そうですよ! エドに相応しいのはこんな悪女じゃなくてわた―――」

「発言を許していませんよ、レフェーブル嬢。良いですか? あなたの愚考は、私の耳にまで届いています。本音を言えばあなたのような害虫はさっさと潰してしまいたい。」

「……ふふふっ、成る程です。王妃は私をイビるおつもりなんですね! 結構結構。」


 何処からも上から目線で、ご都合主義を妄信するエマには、呆れを通り越して尊敬の念すら沸きそうだ。


「……(レイラさん、これ、更正の余地あります?)」

「……(やれるだけのことをやってみます・・・)」


 一人、場違いにほくそ笑むエマに引き気味のシャーロットが、レイラに目配せし、コホンと一つ咳払いした。


「本題に入りましょう。エドモントが学園を卒業するまで残り2年。

 国王は、その頃には将来の伴侶を決め、国を担う覚悟を持って欲しいという旨を伝えています。それに伴い、レイラ・ドートリシュ嬢、エマ・レフェーブル嬢、お二人にはエドモントの婚約者最終候補として、王妃教育を受けていただきます。」

「王妃教育!? うわぁ…面倒くさそう……」

「では、レフェーブル嬢は婚約者候補からはずれてもらいましょう。今この時点で、ドートリシュ家とラルック家の婚姻―――」

「待ってまって、冗談ですって。受けますよ王妃教育、エドと一緒になるためですし。」


「………(レイラさん、この人を不敬罪で極刑にした方が早くないですか)」

「………(庇いきれません…が、音便に。ここは私にお任せを。)」



「シャーロット王妃殿下、どうぞ無礼をお許しください。」


 レイラはシャーロットに淑やかに礼をし、エマに向き直るとその頬を思い切りひっぱたいてやった。


「いいですか? エマ様。例えイベントの力で殿下と結婚できたとして、その先にはシナリオがないんですわよ? 今のあなたが、民を愛し、多忙な国王を支え、国を繁栄させる事が出来るとは到底思えませんわ。あなたがしたいことは何ですの? 王族になって湯水のように使いたいのですか?」

「違う! 私はエドが好きなの! 大好きなの!! だから一緒になりたいだけ。」

「ですよね。だったら、彼に相応しい女性になる努力をしてください。無理に妻になったって、政略結婚のこのご時世では、愛人を外に作れば城になど帰ってきませんよ? お飾りで、仮面夫婦で、相手に毛嫌いされながら、周囲に妙な噂を流されながら、あなたは妻として過ごせるんですか?」

「そんな奴らみんな潰してやるわ。」

「その前に、あなたが殿下に潰されるでしょうね。」

「エドは…エドは私の……」

「味方でないと、昨日身に染みて分かりましたよね?

 ゲームでのあなたは無敵のヒロインだったかもしれません。ですが、ここは現実です。多少運があなたを味方したってそれをモノにする努力をあなたが怠るなら、その先はゲームオーバーデッドエンドです。 今のあなたは悪役私達より遙かに危ういことをそろそろ自覚なさってください。」

「な……っ」


 昨日の傷が癒えていないのか、今日のエマは張り合いがあまりなく、言葉を失う。

 だけどそれは、今までと違って、きちんとレイラの話に耳を傾けているという事。


「そもそも現状、エマ様は庶民あがりの男爵令嬢。王族とは全く釣り合いませんし、殿下からのイメージは「付きまとって来るヤバイ奴」です。でも、あなたはその地位を諦めるつもりはないですよね?」

「当たり前です!!!」

「だったら、殿下の言う優秀さを、悪役私達に見せてくださいよ。エマ・レフェーブル男爵令嬢様。」

「え、どういう意味?」

「あなたの望み通り、私達悪役が全てを書けてあなたをみっちりと教育して差し上げイジメぬいてあげると言っているんですよ。ですからもう、イベント起こしに躍起になる必要はないですよ。」

「レイラ様だけでなく、悪役全員が、立ちはだかるんですか?」

「はい。アルレット様はその甘ったれた精神を鍛えなおしてくださいますし、シルヴィ様は勉強の基礎を教えて下さるそうですよ。もちろん私からは令嬢の何たるかを教え込みますし、シャーロット王妃殿下は直々に花嫁修業を付けて下さるそうですよ。因みに、エマ様がそれらに一心に励めるように、お父様がレフェーブル男爵家に色々としてくださいますから安心してください。まぁ、王妃教育も含めて全て並行するのですから、遊んでいる時間はありませんけどね。少々スパルタ教育になるかと思いますが…血反吐でも吐いて頑張ってください。」

 

 エマは「思ってたのと違う…」と愕然とした表情で立ち尽くす。


「断ってもいいんですよ、レフェーブル嬢。その代わり、あなた一つでも投げ出した時点で、エドモントの相手はドートリシュ嬢、つまり、レイラちゃんになるから。」


 さらにシャーロットが追い打ちをかけ、それは嫌だと、エマは全てを了承した。

 そして


「じゃぁ、今日から早速、花嫁修業を始めましょうか?」


 ニンマリと笑ったシャーロットは、いったい何をやらせるつもりなのやら。


 数分後、城の地下室から、エマの断末魔が響き渡った事など、先に帰路に着いたレイラは知る由もないのである。




 ☆☆☆




「それでねレイラ嬢、今度一緒に観劇へいかないか?」


 とある日のランチタイム。

 レイラとエドモントは共に食事をとっていた。


 あれから、婚約者最終候補のお話は、貴族界に一気に伝えられた。

 そして、本人同士も中を深めるべきだという王室の意向もあって、週に2度はエドモントと2人でランチを取ることに決まったのである。


 エマと過ごしているときはどうだか知らないが、レイラと話しているときのエドモントは、国の制度についてディスカッションするか、お出かけのお誘いをするかの2択。

 今日は後者だったが、因みに一度もお誘いを受けたことはない。


「残念ですが、今、領地で新たに取り組んでいる事業が停滞していて忙しいんです。ですから遠慮させていただきますわ。」

「……そうか。それはしかたない。」

「あ、なら私と―――!!」


 どこからかやってきたエマが、エドモントの後ろからひょっこりと顔を出す。


「エマ様!? 全く、人の会話に勝手に入らないという事を、あなたはいったいつになったら覚えるのかしら? それに、何故ここにいるの。今はアルレットとの稽古の時間でしょう?」

「今日はアルレット様が遅れてくるからいいんです!」

「良くないですわ。今日は私とエドモント様のランチの日です。分かっていて乱入するのは、規律違反です。シャーリー様に報告差し上げないと。」

「え!? いや、違うって……私はただ偶然通りかかって………」


 目をそらしたエマの更に向こうから、今度はシルヴィがやってくる。


「あー!! やっぱりここに居た!! 駄目だよエマちゃん、こんな所で……アルレット様すごく怒ってたよ? 素振りしておけって言われてたんでしょ?」

「え! うそっ。もう戻ってきたの!?」

「一緒に謝ってあげるから、早く戻ろう!? あ、レイラ様、エドモント殿下、お邪魔して大変申し訳ありませんでした。」


 頭を下げたシルヴィは、そのまま「イヤー!!」と泣きながら暴れるエマを引きずり去っていった。

 出会った頃は、シナリオに怯えて泣いてばかりだったシルヴィも、今では頼もしい戦友だ。


「全く。エマは相変わらず騒がしいな。君が彼女と僕をくっつけようとする意味が未だに分からない。私には庶民あがりの女が似合いだとでもいいたいのか?」

「まさか。」

「では何故だ?」

「……きっと殿下はこの国を変えるでしょう。その時、隣にいるのは堅苦しい規律で育った頭の固い令嬢よりも、破天荒ながら柔軟で、何より心から殿下を愛する彼女エマ様であってもいいのではと思っただけです。彼女の原動力は常に殿下。文句言いながらも、やり遂げてしまいますしね。私には到底できません。殿下は、エマ様のことを本当に何とも思っていらっしゃらないのですか?」

「………。」


 長い沈黙。

 空を見上げたエドモントは、何を巡らせているのだろうか。

 その横顔に、答えは十分すぎるほど書いてあるというのに。


「全教科首席の成績を収められたのなら、ダンスにくらいは誘ってみようかと思っている。」

「それは、エマ様が喜びますね。」


 滅茶苦茶なエマの行動は、結局やり方が分からなかっただけ。

 正しく学べば、飲み込みは驚くほど早くて、主人公補正というものを痛感しては、悪役同盟で集まって「ずるい!!」と叫びまくった。


 学園に在籍する3年間、常に全教科で首席をとっていられると、学園からロイヤル賞を賜ることが出来る。


 優秀である証明となるロイヤル賞。


 大体は公爵家と王族が持って行ってしまうのだが、希に子爵家や男爵家の子がコレを得られると、奇跡の逸材と貴族社会は大賑わい。

 身分などそっちのけで婚姻の話が持ち上がるほど、ロイヤル賞の影響は絶大な物。


 身分が違いすぎるエマがエドモントと結婚するには、最低でもロイヤル賞をもらい、その実力を広く知らしめる必要がある。

 シャーリーからも、エマがエドモントと婚約するならば、それは絶対条件だと言われている。

 

 簡単な話ではないけれど、きっとエマはやり遂げるだろう。


 エドモントの卒業式の日、エマをダンスに誘う絵が、今なら何となく想像できる。

 それを、疲れ切った顔で暖かく見守る悪役私達も。


「さて、そろそろ鐘がなりますわね。私も負けないように頑張りませんと。エマ様に倒すのは簡単だと思われたくないので。お先に失礼しますね、殿下。」


 エドモントに礼をつくして立ち上がる。

 身支度を整えると、背を向けて歩き出した。


 エドモントの事はどうでもいい、とは思わない。

 あのシャーロットが育てた彼ならば、きっと立派な陛下になるだろう。

 一緒にいるようになって、心から彼に惹かれてそうになる瞬間が、あるのも否めない。


 だからといって、この選択に後悔は全くない。

 

 カミーユと王妃理解者 アルレット親友 シルヴィ可愛い後輩 エマライバル


 こんなに素敵な仲間に囲まれて、学園生活を謳歌できるなんて、少し前までは夢にも思っていなかった。

 だから、レイラは今、充実した学園生活が楽しくて仕方がないのだ。


 悪役が居ないとヒロインは王子様と結婚できない?


 上等よ。 

 悪役として、真っ当に生きてやろうじゃないの。


 悪役がただの悪意でのみ、主人公を妨害しなきゃいけない決まりはないんだから。


 エマを叩きのめし教育し終わったら、今度こそ、自分の幸せの為に動き出そう。


「あれ? レイラ。今日はもう解散したの?」


 歩いた先で、エドモントを迎えに来たモーリスとすれ違う。


「あ、モーリス様。そうなんです。予習をしたくて、今日は少し早めに切り上げてきました。殿下ならまだいらっしゃいますよ。」


 最近、モーリスと会うと緊張してしまう。

 何故なら、モーリスが以前よりずっと、親しくレイラに接してくるから。

 

「…ねぇ、あのこと考えてくれた? エドの婚約者候補から外れたら僕と―――」

「モーリス様!! そんな事、大きな声で言わないでください!!」

「そう? じゃぁ……」


 モーリスの顔がレイラに近づき…


「僕は本気で。レイラを欲しいと思っているんだよ。」


 モーリスの甘い重低音が耳元で囁く。


「―――っ」


 心臓がキュッと締め付けられるような痛みが走り、自然と背筋が伸びたレイラ。

 どこからか昇ってきた来た熱で、顔が真っ赤になっているのが自分でも良く分かる。

 そんなレイラの反応に、ふっと笑いながら、スッと離れたモーリス。


「君たちがバックを固めているんだ。どうせ、エドはレフェーブル嬢と婚約するんだろう? だったら、その先のレイラ自身の幸せも、考えておかないと。」

「モーリス様なら、良い相手が沢山いらっしゃるでしょう? 何故私なんですか? 国益の為?」

「まさか。僕は昔からずっと、レイラ一筋だよ? 時間はたくさんあるからね。信じられないなら、その間に、僕がどれだけレイラを好きか教えてあげるよ。卒業式の日に、エドがレフェーブル嬢をダンスに誘うなら、僕はレイラを誘うから。その手を取るか、考えておいてね。」


 卒業式の日、エマをダンスに誘う絵の、そのすぐ後の事。

 モーリスがもし、レイラに手を差し伸べたのなら、レイラは喜んでその手を取る。

 幼少期に遊んでくれた、優しいモーリスお兄ちゃんは、時を経て、そのやさしさはそのままに、さらに素敵な殿方になっている事を、レイラはもう知っているから。


「なら…より一層、エマ様の教育に力を入れなくてはなりませんね。彼女には、何としてでもロイヤル賞を得ていただかないと。…私の、幸せの為にも。」


 出来るだけ平静を保ってみたが、顔がニヤケて耳まで真っ赤になってしまう。

 そして、そんなレイラの反応に、心底嬉しそうに笑うモーリス。

 そんなモーリスを見ると、なんだか嬉しくなるレイラ。


( 私たちの物語は、その先もずっと続いていく。なら、エンドロールのその先は、皆のハッピーエンドでなくっちゃね。)


 ゲームにはないシナリオの先。

 エマも、アルレットも、シルヴィも、カミーユも、シャーロットも……

 そして関わった全ての人たちが、幸せな未来に続く道を見つけられたらいい。

 そうなる手伝いをしていきたい。

 それが、支えてもらった人たちへの、恩返しだと思うから。


 そんな風に思いながら、レイラはこの先の日々も、誠実に、慈愛に満ちた心で過ごしていくのであった。



 ―――― 完



 

★ あとがきの代わりに ★


最終話、お読みいただきありがとうございました。


これにて、本作品

【悪役がいないとヒロインは王子様と結婚できないようです】

は完結となります。


まだまだ書きたいシーンがあったり、彼女たちのその後を書いてみたいと言う思いはありますが、今回のお話はこの辺で。

いつか続編などで、また、彼女たちとお会いできればいいなと思いながら、完結させていただきます。


よろしければ本作の感想など残していただけると嬉しいです♪


初めから読んでくださった皆さま。

♥による応援やコメントを下さった皆さま。

☆で評価してくださった皆さま。

書いていて楽しい作品となったのは、皆さまのおかげです。


たくさんの応援、ありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪役がいないとヒロインは王子様と結婚できないようです 細蟹姫 @sasaganihime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ