第14話 魔法が使える世界なら、今すぐ燃やしてしまうのに

 翌日、レイラが薬学室を訪れると、その部屋の前でエマが待っていた。

 当たり前だが、危険な薬物もあるこの部屋に部外者は立ち入ることはできない。


(薬学室の廊下で、薬学の専攻もしていない2人が語り合い、終いには毒殺を試みるって、シナリオ破状も良いところよ……?)


「来ましたわね! 悪役令嬢、レイラ様。」

「……。」


 そんな事にも気づいておらず、イベントにかける想いだけは一丁前なエマ。

 どう見てもこの図、悪役はエマなきがするけれど。


「あの、ちなみにですけど今日は殿下を呼んでいるんですか?」

「まさか。そんなことしなくても私が倒れたなら、そこにはエドが来てくれるものでしょ?」


(なんて無謀な……)


 まぁ、今のエマをエドモントが助けてくれる保証はないし、そもそもずっと熱で唸っているらしいエドモントが、学園にいるのかすら知らないけれどね。


「で、何をしたらいいんですか? 毒入りの菓子でも口にねじ込めばいいんですか?」

「あら、今日はあの善人ぶった淑女フリはしないんですか?」

「あー…礼節をわきまえていると、話が進みませんから。相手に会わせるのも、時には致し方ない事です。」

「あら、分かっているじゃない!!」


 どちらかと言うと、嫌みだったのだけれど。

 エマは「結構結構!」と、ご満悦だった。


「でも、口にねじ込むだなんて、レイラ様ってばはしたない。今日はレイラ様に、お菓子をいただければそれで結構よ。」

「あなたに差し上げるお菓子なんて持って来ていませんけど?」

「じゃーん。コレ。見てみて!!」


 自慢げに見せびらかした小箱。

 どこかで見たことがある、白いパール調の紙で出来た箱に、桃色のかわいらしいリボンのラッピング。


 確かこれはゲームでアルレットが、エマに対して毒を盛る際に用意したお菓子の箱と同じ物。

 中身は確か…


「中身はチョコレートですか?」

「もちろん! 昨日、知り合いと一緒に頑張って作ったの。あぁ、安心して。皆には内緒ね! って言ってあるから。これはレイラ様から私への、今までの謝罪のプレゼントです。ありがたくいただきますね。」

「………。」


 

 その知り合いとやらがエマの「内緒ね!」を守るのかは、はなはだ疑問であるが、今は話を先に進めよう。


「その箱、よくできていますのね。ちょっと見せてもらってもいいかしら?」

「あ、腐っても作品ファンなんですね、レイラ様って。いいですよ? スチルに描かれていた以上、私は小物にもこだわりたいので頑張って用意したんですから!! こだわりはこのリボンの結び目! スチルのように結ぶのかなり大変だったんですからね!!!」


 自慢げに手渡された小箱。


( さて、これどうしましょうか……?)


 このままエマに箱を返せば、レイラがエマに毒を飲ませる形でイベントが一応成立してしまう。

 かといって、これをもって逃げたとしても、エマは地の果てまで追いかけてきそうだし、毒物を持って学園内をうろついて、通報されたら一発アウトである。


( ここが魔法でも使える世界なら、今すぐ燃やしてしまうのに……)


 しかし残念ながら、この世界には魔法なんて存在しない。


「因みに、どの程度の毒が混入されているんですの?」

「そんな事、レイラ様に関係あります?」

「自分が入れた毒の量すら知らない犯人というのもいないと思いますけれど?」

「あ、確かにそうですね。えっと、とりあえず死にはしないらしいですよ。ただ、すぐに治療しないと麻痺とか残るかもって。ニコラ先輩が。」


 あぁ、そういう所は素直に話してくれるのね。

 そして、やっぱりニコラ・オサールが関わっていた。


 でもって、何? その危険な毒は。

 下手したら死ぬより地獄になりそう……


「解毒薬は……?」

「あるわけないじゃないですか。だってエドが助けてくれるんですよ?」

「…………。」

「さ、それを返してくださいレイラ様。私が美味しく…」

「駄目ですわ。」

「は?」

「やっぱり駄目です。それではエマ様が死んでしまいます。あなたは確かに頭のおかしい迷惑な人ですが、だからと言って令嬢が、麻痺の残るような毒を服毒するなどあってはなりませんわ。」

「ちょっと、何言って―――っ」


 レイラは小箱を持って走り去ろうとエマに背を向けた。

 けれど、走り始めたところで誰かとぶつかり転んでしまう。


「あ、申し訳―――」

「エドっ!!」


 レイラの謝罪より先に、エマの跳ねるような声がぶつかった相手の名を呼んだ。


「大丈夫? レイラ。」


 エドモントの横に居たモーリスが差し伸べてくれた手を取って、レイラは立ち上がった。


「大変申し訳ありませんでした殿下。」

「いや、それより随分と急いで何処へどうしたのだ? それに……」


 エドモントがエマの顔をじっと見ている。

 その横顔は「随分と親しそうじゃないか」と言いたげで。


( つくづくタイミングの良いお方だ事……。)


 この2人から逃げる事は出来ないという現実が突き刺さって来る。


「丁度良かったですエド。実は今、レイラ様が持っている小箱の中には毒が入っていまして。今までの意地悪のお詫びに、なんとレイラ様は私に毒を盛ろうとしていたんですよ!!」


 空気を読まず、意気揚々と箱の中身を語りだすエマ。

 しかも、言っていることが支離滅裂である事に、本人が気づく気配はさらさらない。


 だけど、今はそんなことはどうでもよくて。

 詰んだ。完全に詰みである。


「ほぅ。つまり、ドートリシュ嬢は、君をいじめていたと認めたのかな?」

「それはもう。ね、レイラ様。」

「………………」

「ドートリシュ嬢?」

「レイラ?」


( どうしよう……どうしよう………この小箱を…毒を………どうにかしなければアルレット様やお父様まで……………)


 周りの人間の話し声なんて耳に入って来なかった。

 ただ小刻みに震え出した手から、その震えが全身に伝播していく。


 そんなレイラの肩を、ゆっくりと叩く人物がいた。


「レイラはさ、だから一人で抱え過ぎだって。一緒に調査するって、昨日約束したでしょ?」

「…………モーリス様?」

「噂にあった1年生が彼女だって、どうして昨日のうちに教えてくれなかったの? そしたら君を一人でなんて行かせなかった。」

「すみません………。モーリス様は、何故ここに………?」

「ニコラと話をしたんだ。そしたら、レフェーブル嬢に毒薬を売ったと教えてくれてね、心配で見に来たんだよ。レフェーブル嬢の教室を尋ねたら、泣きながらここに居るって教えてくる令嬢がいたからね。」


 シルヴィの泣き顔が、思い浮かんだ。

 昨日は冷たい態度を取って突き放してしまったのに、心配してくれていたらしい。

 後で感謝を伝えなくては。


「ありがとうございます。モーリス様。」

「レイラが無事で良かったよ。……さて、レフェーブル嬢。そういうわけで、今回の事は、簡単に許されることではないから、覚悟してね。」


 エマを鬼の形相でにらみつけたモーリスの声はとても冷ややかなもの。

 それに被せるように、エドモントもまた、いつもより低い声で口を開く。


「そういうことだ、レフェーブル嬢。君の言い分を覆す証拠はいくらでもある。いい加減、ドートリシュ嬢にちょっかいを出すのを諦めたらどうなんだ?」

「殿下……」


 前言撤回。

 エドモントは、今回はレイラの味方でもあるらしい。

 その事実には安堵しかなかった。


「何それ。そんなのおかしい。どうして私が悪になってるの?」

「この状況で、どうして君が悪ではないんだ?」

「だって、悪はレイラ様だもん!! レイラ様のせいで私はこんなに苦しんでるのに。どうしてエドまでレイラ様の味方をするの?」

「味方もなにも―――っ」

「ヤダヤダ、絶対にヤダ!! エドは私の事だけ見ててくれなきゃヤダァ~!!」


 子どものように泣きじゃくり、駄々をこねるエマ。

 あまりの幼稚な癇癪に、一同引き気味で言葉を失った。


「あの、エマ様―――」

「もういい!!」


 突如、泣き喚いていたエマがそう叫んで動きをピタリと止めた。


「もうシナリオなんて知らない。だけど、レイラ様だけは絶対に許さない!! 悪の根源だけは私が消してやる!!」


 どこか吹っ切れたエマが、レイラから小箱を分捕り、中のチョコをむしり取ってレイラの口にねじ込んだ。


「んぐっ!?」


 すぐにモーリスとエドに取り押さえられたエマの前で、レイラはすぐにチョコを吐き出したが…………


「レイラ!?」

「は……ぅ……」


 あぁ、流石モーリスが認める程の才がある人物が作った毒。

 苦しくなっていく呼吸と、身体の力が抜けていく感覚。

 慌てふためくモーリスの声を懸想に、レイラは意識を手放した。

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