第15話 幸せな事です。
「レイラ!?」
「レイラ様!!」
「れいらさまぁ゛!!!!」
目を開いた瞬間、大勢の顔が目に入る。
モーリス、アルレット、…シルヴィは相変わらずボロボロに泣いていた。
その後ろには、ネリーやルイーズの姿も見える。
「えっと…………みなさん、おそろいで?」
状況整理が追い付かず、とりあえず返事を返すと、モーリスが状況を説明してくれた。
あの後、毒に倒れこんだレイラは、モーリスの持っていた解毒薬で早急に処置されて、医務室へ運ばれてきたのだという。
騒ぎを聞いたシルヴィやアルレット達は、レイラを心配して医務室へと見舞いに来てくれたそうだ。
因みにエマはエドモントが連れて行き、おそらく相応の処分が下されるとのことだった。
「よがっだでずれいらさまぁ゛!!!」
「わ、分かったからシルヴィ様はとりあえず、涙と鼻水を吹いて下さい。」
「あ゛い……」
シルヴィが「ちーん」と鼻をかむ音が響く。
一応令嬢なのだからとも思うが、それだけ心配してくれたのだと思うと、その姿には微笑みすら浮かんだ。
「本当に、ご無事で良かったです。レイラ様」
「ありがとう、アルレット様。まさか私が毒を飲むことになるとは思いませんでしたけれど。」
「本当に。一報を聞いた時には心臓が止まるかと思いました。でも、これだけの事を起こしたのです。エマ様が学園に戻る事はないでしょう。レイラ様も安心ですね。」
「…………だと、いいのだけれど。」
この世界には魔法なんてものは存在しない。
特別に信仰されている宗教もない。
庶民から男爵令嬢になったエマは、聖女とかいう特別な存在でもない。
秀でて可愛いわけでも無く、才能が開花するような兆しもない、
どこの馬の骨ともしらない、純正な庶民の子どもである。
そんな彼女が、何故ヒロインとなり、後に王太子殿下と結婚し、国母となるのか。
その理由は、ゲームの説明書にハッキリと書かれていた。
―― 本作の主人公、エマ・レフェーブルは、強運の持ち主であり、常に運が味方する
と。
「何か心配事が?」
「ちょっと……ね。」
レイラの杞憂を裏付けるように、急に慌ただしくなり始めた部屋の外。
廊下から一人の生徒が勢いよくその扉を開けた。
「モーリス様!! 殿下が……エドモント王太子殿下が!!!」
物騒な叫び声。
病人がいるんだと窘められて、声のボリュームを下げた生徒の話を聞いて、みるみる青ざめていくモーリス。
「君たちは危ないから、教員からの指示があるまでここに居て。何かあったらアルレット嬢、君が彼女たちを守ってくれ。信用のおける人間の言葉以外には、従わないように。いいね?」
何が起きたのか、説明されることはなかった。
ただ、鬼気迫るモーリスの物言いには、その場の全員が息を飲んで頷くしかできなかった。
☆☆☆
――― 学園内の素行の悪い集団が、エドモント様を襲撃したんだよ。
レイラがその全貌を知らされたのは、その日の夜の事だった。
あれから、学園は大混乱。
一度学園は封鎖され、残っていた生徒は教員の指示の元に、本件に一切関係のない人間から順に帰路へとついていった。
アルレットやシルヴィが心配しながらも帰宅していく中、レイラには聴取があり、モーリス付き添いの元、エマとのやり取りを一通り話してから屋敷へと戻った。
「エドモント様を庇って、レフェーブル嬢が大怪我をした。大きな痕が残るかもしれないという話だ。レフェーブル男爵家は、この責任を王室に取らせるつもりでいる。今や彼女は、レイラに毒を盛った悪女ではなく、エドモント様を救ったヒロインだ。」
悔しそうに唇を噛むカミーユ。
溺愛などしていなくとも、一人娘に毒を盛られて黙っている親はそうはいない。
だが、王室側から、彼女への糾弾は待って欲しいと言われたそうだ。
「私なら大丈夫ですお父様。お父様やお友達が、私以上に怒り、事実を知って下さっているんですから。それより、殿下は無事なのですか?」
「あぁ。エドモント様は無傷だ。しかし、レフェーブル嬢を助けられなかった事には責任を感じていた。モーリス君もね。反エドモント派の令息たちが、集って悪だくみの計画をしている事は掴んでいたらしいんだが…。自分が手を抜いたせいだと、気を落としていたよ。」
モーリスは、ニコラがその集団に入ったことで、調査の手を緩めてしまったのだろうか。
だとしたら、いよいよもって、シナリオを無視し続けて来た自分の罪は重すぎるかもしれない。
「あの、お父様。エマ様と私が話をすることは叶いますか?」
「……何を話すつもりなんだ?」
「彼女の、エドモント様とイベントへのこだわりは狂気的です。何がそこまで彼女を突き動かしているのか、一度ゆっくりと聞いてみたいのです。私の事を無かったことにする代わりに、彼女との面会をお願いすることはできないでしょうか?」
「……レイラの事を、無かったことに? 殺されかけたんだぞ!? あの場にモーリス君が居なければ、大切なその身体に麻痺が残っていた。」
「分かっています。ごもっともです。ですが、それを言ってもこの状況。どの道ある程度口を閉じる必要はあるのでしょう? そんなはした金、お父様は欲しいですか?」
王室はきっと、レイラの件を無かった事にする。
だったら、その見返りはせめて、欲しいものを要求しよう。
「………金で買われるくらいなら、確かに利用した方が良い。」
「ですよね。」
「だがレイラ、私は彼女を許すつもりはない。そしてそれは、この件を知る全ての者の総意だろう。」
「幸せな事です。」
レイラだって、エマの事を許せるわけじゃない。
だけど、皆が居るから、前を向いて進もうと思える。
ただそれだけ。
後日、カミーユが王室相手にその旨を申し出ると、王室は喜んでその申し出を受け入れてくれた。
エドモントとモーリスは、一件を無かったことにすることには最後まで反対してくれたらしいが、レイラの意志である事を強く主張し、そこは引いてもらった。
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