第16話 私、エマ・レフフェーブル(エマ視点)
私、エマ・レフフェーブル。
現在、王立病院で丁重なおもてなしを受けているの。
何でかって?
それは、私がこの国の王子様、エドを身を挺して守ったからよ。
私が負った傷は、かなりの重症だったみたいね。
入れ代わり立ち代わり、偉い人がやって来てはご機嫌を伺ってくるの。
エドも毎日お見舞いに来てくれる。
やっと・・・やっと、エドとのシナリオが始まったのよ!!
私の身体には傷痕が残るらしい。
でも、そんなの関係ないわ。
だって、エドが私に振り向いてくれだだから!!!
─── レイラ・ドートリシュ嬢と、明日面会が決まった。
昨日、やって来た偉そうなおじさんから、突然そう言われた。
だから今、私の前にはレイラ様がいる。
何を話に来たのかと思ったら、私の話を聞きたいんですって。
ようやく、レイラ様も悪役令嬢に成り下がる気になったのかしら?
いくら足掻いたって、このシナリオのヒロインは私でしかないって、気づいたのかもね。
だって、私はこの前レイラ様にうっかり毒を飲ませちゃったの。
なのに、そのことは公にはされなくて、私はこうして好待遇を受けているんだから。
いいですよ。
私の話なんて、大した話じゃないですけど……
可哀想なレイラ様の為に、せっかくだからお話しましょうか。
私がシナリオに、エドにこだわるその理由を。
───
私の前世は、乙女ゲーが趣味の、根暗なオタクOL。
死ぬ直前、ハマっていたのはもちろん【悪役になんか負けないもん! 史上最強のお姫様】という、なんともなタイトルの乙女ゲームだった。
作品の王子様であるエドモント様は、ドストライクのビジュアルで、私はグッズを買いあさり、6畳一間な壁の薄い私の城に、敷き詰めるように飾ってたの。
360度何処を見渡してもエドモント様がいらっしゃる部屋で紅茶を飲むのが、私の至福の時間だった。
けれどある日地震が起きて、私の上に大量のエドモント様が落ちて来た。
それで身動きが出来なくなって、気づいたらこの世界で目が覚めたのよ。
あれは、エマ・レフェーブル、6歳の頃の話。
その頃のエマの記憶を遡ると、私は子だくさんな平民の家に生まれた末の娘だった。
口減らしに捨てられてそうになった所を、通りがかったレフフェーブル男爵夫婦が拾ってくれた。
子どもの居ないご夫婦はその時、施設へ養子を探した帰りだったらしいわ。
数日後には、お義父様とお義母様、後から引き取られてきた義弟と私。
家族4人で暮らす事になった。
それからの私の生活は、実に窮屈な物でね。
義両親は、施設から引き取った私の義弟を跡継ぎとして大切に育て、私には屋敷の掃除や義弟の世話を命じたの。
そう、義弟と私の扱いは、何から何まで雲泥の差。
私は、はした金で買いたたかれた使用人に過ぎなかったのよ。
それでも私には希望があったのよね。
それは、もちろん前世の記憶。
私はゲームの主人公、エマ・レフフェーブルだもの。
まだ見ぬ王子様、エドと結婚する未来があるって事。
それだけが救いだった。
それだけが希望だった。
例えそれが、悪役による意地悪を受けて得る結末であったとしても
大好きなエドと添い遂げられるなら、全く苦痛ではないと思ってたわ。
義両親から、学園への入学を許されたときは心が躍った。
だって、やっとエドに会えるんだから。
「王太子殿下を骨抜きにして、彼の懐に入り込め。それが出来なければ帰って来るな!」
学園への入学が決まった私に、義両親のかけた言葉がコレ。
義弟も、あと一年で学園へ入るから、もう、世話係はいらないという事なんだと思うけど。
――― これで、晴れて私は自由だわ!!
後は、エドと出会って、恋仲になって、イチャイチャするだけよ。
ここまで耐えた私には幸せしかない!!
それは意気揚々と、学園の入学式へと挑みましたよ。
なのに、なのに……
悪役令嬢のレイラ様が、エドと婚約すらしていなかった。
悪役令嬢のアルレットが、騎士の卵になっていた。
悪役令嬢のシルヴィが、全くと言っていいほど話しかけてこなかった。
知らない間に破綻してたシナリオ。
エドとの面識すら持てない。
このゲームのシナリオは、逆境を超えて真実の愛を育むという物。
だから、悪役の存在は絶対なのに、誰も私を虐めてこない。
庶民上がりでマナーのない私に嘲笑の目を向ける人間は五万と居たけれど、
肝心の悪役令嬢が全く機能していなかったのよ。
……だから、強制的にイベントを起こそうと努力した。
だって、私にはもう、それしかなかったから。
だけど、試みはことごとく失敗して、エドは私からどんどん離れて行ってしまった。
そればかりか、そのたびにレイラ様とエドモント様がお近づきになっていく。
そんなの許せるわけないじゃない!!
転生モノにもよくあるでしょう?
悪役令嬢が悪役を放棄して、逆転ハッピーエンドを迎える話。
同じ転生者であるらしいレイラ様は、それを狙ってるんだと思ったの。
・・・ねぇ、レイラ様。
私はあの日、毒を飲むつもりでいたのよ。
それでエドと近づけるならそれで良かったのに。
なのに、レイラ様がやっぱり善人ぶるから腹が立って、気づけばレイラ様の口に毒をねじ込んでしまったわ。
ごめんなさいね。
エドに連行されてたあの時ね。
お世話になった素行の悪い先輩たちがエドに襲い掛かってきたのを見かけて思わず笑ってしまったわ。
彼らがエドの襲撃を企んでいる事は知っていたから。
王子様と添い遂げられないダメなヒロインは、ここで退場するんだなと思ったら可笑しくて。
このままレフェーブル家に強制送還されたらそれこそ地獄。
だから、それもいいかもと思った。
――― 大好きなエド様を庇って死ねるのなら、本望だわ。
そう思って、身を挺してエドを庇ったのに……。
どうしてか生き残ってしまったのよね。
傷は残るらしいけど。
昨日、お義父様が面会にいらしたわ。
よくやったと褒めてくれた。
私をダシに、お金をタンマリ貰う算段がついたみたい。
上手くいけば、私もエドの側室くらいには入れるかもしれないぞと、たいそうご機嫌だったわ。
……これが、私のお話よ。
つまらない
もう、私はヒロインを降りるべきなのかもしれないわ。
でも、でもね。
私はエドが好き。
大好き。
だから、ヒロインで居続けたい。
側室なんて駄目よ。
ヒロインなんだから、やっぱり正妃じゃなくちゃ意味がないわ。
そのためには悪役が必要よ。
ほら、そこに飾ってあるお花。
綺麗でしょう?
毎日エドがお見舞いに贈ってくれるのよ。
やっと、エドと私のお話が始まるの。
私は、間違ってなんかない。
だから、だから……
――― 逃げらると思わないでね。 レイラ様。
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