第12話 エマ様は死ぬおつもりですか?
その日、いつものようにネリーたちとランチをしようとして、忘れ物に気づいたレイラは、一人教室に立ち寄っていた。
誰もいない教室で、忘れたペンをカバンに入れて教室を出ようとした時、勢いよく、その扉が開かれる。
「お願いです! 匿ってください!!!」
そう言って部屋に駆け込んできたのはシルヴィだった。
レイラが驚く間もなく、適当な隙間に隠れ込んだシルヴィは、口に指をあてて
「シー」と物陰に隠れ込む。
次いで、部屋の扉を開いたのはエマだった。
「ねぇ、今ここに誰か……って、あら、これはこれはレイラ様じゃないですか。ねぇ、ここにシルヴィ来なかった?」
「……誰も来ていませんけど?」
周りを軽く見渡し、「いないでしょう?」とエマに確認させると、エマはつまらなそうに舌打ちした。
「ったく、どこに行っちゃったのかしら? まぁ、いいわ。ねぇレイラ様。明日薬学室へ来て下さいよ。」
「薬学室? 私はそんな所に用はありませんけど?」
「無くても来て。あなたのせいで、アルレットが私に毒を盛らないんだから、あなたが代わりに私に毒を盛ってよ!」
「盛りませんよ。大体私は、毒の生成などできません。例え私が薬学室へ行ったとして、どうやってエマ様に毒を盛るというのです?」
「これだから愚か者は……レイラ様は来るだけでいいです。今回はそれで私に毒を盛れるようにしてあげます。毒によって倒れた私は、エドの持つ解毒薬によって救われる。今度こそ、エドと私は恋人同士に……」
「それは、無いと思いますけど……エマ様は死ぬおつもりですか?」
「何よ? 何か文句でもあるの?」
夢見ているところ悪いが、文句というか、大いに異議がある。
「いいですか? ゲームで殿下がエマ様に使う解毒薬は、王室で育てられた特殊な薬草を用いた特別な物。大切な恋人の為だからこそ、何の躊躇いもなく使うわけですが、実際にはかなり貴重な物なんですよ? 恋人でもない今のエマ様に使用するとは思えませんし、使用したとして、多額の請求がレフェーブル家に行くかと思います。やめておいた方が健全かと。」
「何言ってるの? 私とエドは出会った瞬間に恋人同士みたいなモノでしょ?」
「本気で仰っているのでしたら、今までの殿下の言動、一度振り返ってみては…?」
「振り返るのはあなたの方でしょ、レイラ様。あなたのせいで上手くいっていないだけで、私たちは赤い糸で結ばれているの。そうじゃないといけないの。いい? 絶対に明日、薬学室に来なさいよ!! でないとタダじゃおかないから。」
そう言い放ち、大きな音を立てて扉を閉めて行ったエマ。
「出会った瞬間恋人同士」そんなことを本気で言ってしまえるおめでたい頭には、言葉一つ届きそうにない。
放っておきたい気持ちと、好き勝手やられて収拾がつかなくなる不安。
レイラの中ではせめぎあいが勃発していた。
「……ゲームって、言いましたよね?」
そんな中隠れていたシルヴィが物陰から顔を出す。
すっかり忘れていたものだから、レイラは少し驚き動揺を隠せなかった。
「そ、そんなこと言ったかしら?」
「言いました。はっきり聞こえました。失礼ですが、レイラ様は【うどん県】と呼ばれる場所をご存じで?」
「つまり、シルヴィ様は香川県がご出身ということですね。」
何故皆、ご当地特産品で確認するのかはさておいて、そう答えるとシルヴィの顔がパァっと明るくなる。
「あぁ! やはりそうなのですね!! よかった。私ひとりじゃ心細くって!!」
涙を浮かべてすり寄って来るシルヴィに若干引きながら、レイラはハンカチを差し出して落ち着くように諭した。
シルヴィは転生者ではないと思っていたけれど、どうやらそれは違ったらしい。
仲良くしているように見えたのは、エマと一緒に居る間は、微笑んでいないと鬼の形相で指導される為、懸命に愛想よくエマの話に耳を傾けていただけとの事だった。
「私、ずっとエマ様を避けていたんです。だって、私悪役令嬢になりたくなかったし……死にたくないし……」
徐々に落ち着きを取り戻すと、シルヴィはそう話を切り出した。
エマと親友になったシルヴィは、レイラが婚約破棄された後にエドモントの婚約者となったエマに連れられ、王宮で開かれる夜会に参加することになる。
そこでうっかりエドモントの誘いに乗り、彼と一夜を共にしてしまうのだが、それが露見するとエドモントはそのすべての責任を、シルヴィに押し付け、自分は騙されたのだと豪語して彼女を断罪する。
王太子殿下を
転生者であるシルヴィが、
「
再び泣き出すシルヴィの肩をさする。
確か、カスターニエ家は少ない領地のほとんどが緩い山で、上手く産業が発展させられず貧困貴族だったと記憶している。
レイラには父が居た。
アルレットには環境があった。
けれどシルヴィには何の打つ手もなくてただ、逃げられないゲームの強制力の中でずっと震えていたのだろう。
「一人で良く頑張ったのね。私も未だに、悪役から逃げられないのだけれど……仲間同士、情報を共有することくらいはできますわ。それと、公爵家の特権で、学園の中に私室を設けておりますの。限られた者しか入れない場所ですわ。よかったら、エマ様から逃げる場所としてお使いなさって。これが通行証よ。」
「いいんでずがぁ? あでぃがどゔございまぶ……」
大泣きすぎて言葉が聞き取り辛いが、感謝はされているよう。
それだけエマは脅威なのだ。
「
「そうなのよ……エマ様、話きかないのよ。あそこまで一方的に、自分の妄想が現実になるって信じているのも逆に凄いわよね。殿下はエマ様の事を「不敬娘」って言っているのに。」
「え! そうなんですか? 私、エマ様から「エドが私を観劇に誘ってくれたのよ」って聞いたので……ストーリー進行は順調で、アルレット様やレイラ様の断罪イベントが近いんだとばかり……」
「……そんな事は微塵もないみたいだけれど、エマ様は明日、アルレット様の断罪イベントを起こす気でいるみたいですわね。」
「あ、そういえば、何故アルレット様ではなくレイラ様なんですか? エマ様は責任がどうとか仰ってましたが?」
「あぁ、それは……」
今までの経緯を含め、アルレットやカミーユが、すでに悪役を下り別の道を進んでいることを説明すると、シルヴィは心底驚いていたが、同時に少し希望を持ったような顔をしていた。
「では、最悪、私がエドモント様とどうにもならなければ、極刑は免れることも可能と?」
「かもしれませんわね。ですからどうぞ、出来る範囲でエマ様と距離をおきつつ、学園でしっかり学び、堂々と領地へお帰り下さいな。怯えて下手に動くよりも、正しい選択をして堂々と過ごすといいですわ。」
「うぅ……ありがとうございます、レイラ様。」
涙でボロボロになっているシルヴィを横目に、レイラは静かに一つ、深呼吸をし、呼吸を整えた。
シルヴィはきっと、しばらくは大丈夫だ。
彼女のイベントは、総じてレイラが退場してエマとエドモントがくっついてから始まる。
それまでは、エマの親友という、断罪とは最も遠い場所にいる。
( それよりも、あの
放っておいたら何をしでかすか分かったもんじゃない相手。
気は進まないが、万全の準備をしたうえで、明日は薬学室へ行った方がよさそうだ。
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