第11話 私は夜な夜な【チネリ米】を製造しているんです
先日の一件から、レイラはアルレットとかなり親しくなった。
自分だって火の粉が降りかかって危ないというのに、アルレットはレイラの事を心配し、よく声をかけてくれる。
レイラにとって、それは心強いこと間違いなかった。
「そういえばレイラ様、エドモント様が高熱でずっとお休みされているのをご存じですか?」
「えぇ。モーリス様から、「レイラの下着を考えすぎて知恵熱を出したんだよ」って言われましたわ。もう、私の事など記憶から消去して欲しいくらいですのに。」
「レイラ様の言葉が衝撃的すぎたのでしょうね。あの日の帰り際、ずっと唖然とされていたんですよ。「私とあの不敬な娘が同類だと?」って。」
「エマ様のこと、不敬娘って認識なんですわね。」
「まぁ・・・あれではそう捉えられるのも無理無いかと。にしても、ブラの話に顔を真っ赤にしたエドモント様、今思い出しても笑いが止まりませんね。分かっていながら煽るようにブラを連呼するレイラ様も。」
「ブラジャーを見せるんだ、アルレット!!」
「ぶっ……止めてくださいよレイラさま!!」
「ふふふふふっ」
こんな所を誰かに見られたら、不敬罪で捕まりそうだが、込みあがってくる笑いにお腹を抱えて2人で思う存分笑った。
そんな中、アルレットがふいに足を止める。
首を傾げて示す先で、ランチボックスを広げた2人の令嬢が談笑していた。
「エマ様です。噂をすれば、ですね。」
「一緒にいるのは……カスターニエ子爵令嬢?」
「そのようですね。エマ様の親友であり、エドモント様を寝取る悪役令嬢、シルヴィィ・カスターニエ様です。」
「そう……。エマ様が孤立していると聞いたから、もしやシルヴィ様も転生者なのではと思ったけれど、違ったみたいですわね。」
元庶民であるが為に孤立したエマに同情して、優しく手を差し伸べるシルヴィは、自らから近寄らない限りはエマとの接点は無い。
転生者であり、断罪を免れるとしたら、極力エマに近づかないに限るだろう。
しかし、サンドイッチを片手に楽し気に話し込んでいる2人からは、険悪なムードは一切感じられなかった。
――― 私の人生を滅茶苦茶にしたあなただけは絶対に許さないから!!
シルヴィと談笑するエマの微笑みを遠目に、
レイラの頭の中でエマの悲痛な叫びがこだまする。
言っている事は無茶苦茶だが、あれは本心だった。
エマは、何としてもレイラを悪役令嬢としてシナリオに置いておきたいらしい。
「……ねぇ、アルレット様。折角仲良くなれたけれど、私たちは距離をおいた方が良いかもしれませんわ。私は、悪役から抜け出すのは無理かもしれませんから。」
「レイラ様が弱気とは、珍しいですね。」
「言ったでしょう? エマ様は私の事を絶対に許さないって仰いましたわ。勝手に悪役を抜けられると思うなって。」
「…それならば、私やドートリシュ公爵も。」
「それは大丈夫かもしれませんわ。だって、あなた達には何の非も無いでしょう? このゲームのシナリオには悪役が5人。だけど、そのうち3人、つまり私とお父様とアルレット様は1つの組になっている。2人は私の手足のような物であって、その存在はそこまで重要視されていませんわ。」
「……まさかレイラ様。」
頭の回転が良いアルレットは、すぐにレイラの意図を察して反論しようとしてくれる。
だけど、それをレイラは静かに首を振り拒否した。
ゲームでは最初にアルレットが学園を追放される。
けれど、今の彼女はエドモントと面識があり、その人となりも理解されているのだから、このまま付け入る隙さえ与えなければ真っ当に生きていけるだろう。
それは、父であるカミーユも同じ。
彼には国王が付いている。
2人を危険に巻き込む「隙」は、2人のボス的立ち位置であるレイラそのもの。
未だ悪役から抜け出ることを許されないのなら、距離を取ることが最善だ。
「幸いエマ様は、アルレット様やお父様が転生者だという事には気づいていませんわ。私がイレギュラーな行動をとったおかげで、2人が道を踏み外さなかったと、そういう解釈のご様子。それはそれで、大変失礼な事ですけれど……」
「あぁ、「可哀想なアルレット。でも、私が助けて差し上げます!」とか、ぬかしていましたね。そもそも、初対面で呼び捨てですからね……私も、嘗められたものです。」
あの時はそこまで顔に出していなかったけれど、やっぱり気にしていたらしい。
思い出してはワナワナと拳を握ったアルレットを、「まぁまぁ」と宥めた。
「私は、アルレット様の事が好きだわ。仲良くなれて本当に嬉しい。だからこそ、あなたを手駒にする事はしたくありませんわ。」
「しないでしょう? レイラ様は。」
「……それでも、怖いのよ。ゲームの強制力が。知らず知らずのうちに、私はあなたを巻き込んでしまうかもしれない。私があなたに頼んだ些細なことで、あなたが学園を追われるようなことになってしまうかもしれない。だから……」
「……確かに、その可能性は否定できませんね。分かりました。ではしばらく距離を取りましょう。ですが、私もレイラ様が断罪されることを望んではおりません。ですので、私なりに状況を変える方法を模索させていただきます。ですから、その必要が無くなったなら、また仲良くしていただけますか?」
「アルレット様! もちろんですわ。」
心強いお友達の存在に、目尻に涙が浮かんでしまう。
それをハンカチで軽くぬぐってから、レイラはアルレットに微笑みかけた。
「その時は和食でもてなさせてくれるかしら?」
「和食、ですか。それはとても楽しみです。ドートリシュ公爵の計らいで、レイラ様のお宅の食卓には時々和食が並ぶんですよね? 羨ましい限りです。」
「そうなのよ。今はぬか床と納豆造りに力を入れていてね。うちの
「米……? でしたら私はその時までに、米を仕入れておきましょう。少々アテがございますので。」
「まぁ、本当に? 嬉しいですわ。我が家では今、月に一度の和食の日を設けているのですけれど……前日、私は夜な夜な【チネリ米】を製造しているんです。知ってます? 【チネリ米】 たまにお父様も手伝ってくださるんですけれど。」
「ぶっ……止めてくださいよ。公爵家の父娘が何してるんですか! もう、レイラ様のそのギャップは反則です。」
「ふふふっ。アルレット様の前だと、なんだか肩の力が抜けてしまいますわね。この世界は、少しだけ堅苦しいですから。」
「ですね。……穏やかな日々を取り戻すために、私も出来る限りしましょう。もちろん、真っ当な方法で。」
「えぇ。」
談笑しながらアルレットと並んで歩く。
その歩みは、いつもより少しだけゆっくりだった。
「それでは、私はあっちなので。失礼します。レイラ様。」
「えぇ。さようなら、アルレット様」
やがてたどり着いた別れ道で、背中合わせに歩きだしたレイラとアルレット。
振り返ることが出来ないことが、なんだかとても寂しく感じた。
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