第10話 そんなにブラジャーが見たいのですか

「……様……お…嬢様………」


 遠くから聞こえるララの声に目を覚ます。

 エマとの会話の後、全てが嫌になり早退し、部屋に戻ったレイラはベッドにダイブして……どうやらそのまま眠ってしまったらしい。


「ララ……?」

「良かった、お嬢様。お呼びしても起きないので心配しました。」

「ごめんなさいね。少し疲れが溜まっていたみたい。それで、何か用かしら。」

「あ、はい、それが……エドモント王太子殿下がいらしています。レイラ様のお見舞いに。」

「えぇ!!」

「あくまでもご学友として来たので配慮はいらないと仰っているのですが……どうされますか?」

「どうって、行くしかないでしょう。ララ、支度を手伝って。」

「かしこまりました。」


 急いで身支度して応接間へ向かう。

 そこにはアルレット、モーリス、エドモントが待っていた。


「これは殿下、この様なところまでご足労いただきまして。本日は度重なるご無礼を、改めて謝罪させてくださいませ。」

「そう堅くならなくていい。私は見舞いに行くと言ったアルレット嬢について来ただけだ。」

「申し訳ありませんレイラ様。エドモント様が一緒に行くと言って聞かなくて……。(でなければ、後日お一人でこちらにいらっしゃると言うものですから……)」


 ついでに、コソっと耳打ちしてくれるアルレット。

 なるほど、確かにそれは困る。


「私は、ドートリシュ嬢に一つ確認したいことがあっただけだ。」

「何でしょうか?」

「レフェーブル男爵令嬢の事だ。アレはいったい何を考えている?」

「……私には、分かりかねます。」

「では、何故お前はあの場にいたのか、話してもらえるだろうか?」

「……。」


( あぁ、成る程。グルだと思われているわけね。確かに、エマが問題を起こす度に私もその場にいるんだから、そうよね……)


 エドモントの疑いにに対し、アルレットもモーリスも心配そうなまなざしでレイラを見守ってくれている。

 きっと、2人が様々な言葉を掛けてなお、エドモントの疑いは晴れなかったのだろう。

 となると、助け船は見込めそうにない。


 今世での、少しまともなエドモントとならば、あるいは仲良くできるかもしれないなどと考えていたが、残念ながらそんなものは幻想だったみたいだ。


「偶然です。先日アルレット様とお茶をした際に、お渡しし損ねた物がありまして。それを用意して持って行ったまでです。アルレット様があの時間に演習場にいらっしゃることは、学園内でも周知の事実。何ら不思議なことはないかと存じますが?」

「それは何だ? あの様子では渡せていないだろう。今渡すといい。手元にあったのなら、渡せるだろう?」


 穏やかだった口調が、だんだんと粗暴さを見せ始めていく。

 だけどこれもゲームの強制力。

 仕方のない事なのだろう。

 

 ゲームでエドモントがレイラに向けていたのは常に嫌悪の眼差しだった。

 きっかけなど無くとも、エドモントはレイラが大嫌いなのだ。

 だから、小さくともきっかけ疑いの余地が出来た今、遅かれ早かれ、こうして問い詰められる運命からは逃れられないと知る。


 しかし、考え方を変えれば好機。

 この機会に思い切りやりこめて、逆に、エドモントからレイラという選択肢を完全に消去してしまえばいい。


 そうすれば、エマの逆恨みとは関係なく、ストーリーから離脱できるかもしれない。


「………分かりました。殿下がそこまで仰るなら。ララ、あれを持ってきて頂戴。」

「よろしいのですか?」

「えぇ。」


 アルレットにプレゼントを用意していたのは本当だ。

 お茶会で、前世の話をした後の雑談で、同じ様を悩みを抱えていた事がわかったから、その打開策を準備していた。


( 悪いけど付き合っていただきますわよ、アルレット様。)


 そんな目くばせに、アルレットが気づいて何事かと唾をのみこんだ。


「どうぞ、アルレット様。先日、ブラジャーの話をしたのを覚えています? 実はあの後、贔屓にしている店で作らせましたの。アルレット様にも是非使っていただいて、使用感について感想頂きたいのですわ。因みにそれはスポブラタイプですから、アルレット様にもお気に召すかと。」

「ブラッ……成る程、それはありがたいです。」


 一瞬戸惑いはしたが、すぐに持ち直すあたり、流石精神をも鍛えた騎士の卵といったところ。

 きっとアルレットにもこちらの意図は十分に伝わっただろう。


「これで文句ないかしら」と、若干高圧的にエドモントを見るが、まだ疑念は晴れない様子。


( それでいいですわ…いくらでもやり込めなさい! それであなたとはおさらばですわ!!)


 レイラの頭の中では、戦いのゴングが鳴り響いていた。


「それは本当に君が望んでいた物なのか? アルレット。」

「はい。どちらかと言えば、心待ちにしていたものです。」

「ブラジャーなどと聞いたこともない。いったいどんな物か見せて見ろ。」

「ぶッ―――」


 エドモントがあまりに真面目に、偉そうにブラジャーを見せろなんて言うから、思わず吹き出してしまうレイラ。

 それにつられ、アルレットも肩を振るわせている。


「失礼ながら殿下、ブラジャーは我が公爵領での新しい産業として期待されている品であり、これはまだ試作品。殿下が知らないのも無理はないかと存じます。簡潔に申し上げるのならば……女性用の胸当て、でしょうか? ただし、ブラジャーは易々と人に見せる様なものではございません。特に殿方には。これ以上アルレット様を困らせないであげてくださいませ。」

「胸当てが見せられないだと? 意味が分からん。やはり何かを隠しているのだな? さぁ、見せてみろアルレット。この女の正体は必ず暴き出してやる。」


 正体も何もないのけえれど、完全にレイラを悪と決めつけているエドモントには何を言っても無駄なのだろう。

 もう、言葉を選ぶのも辞めようかと口を開くと、アルレットが間を割って言葉を発した。


「成る程。レイラ様がこれほど言葉を選んで下さっているというのに……エドモント様はむしろ、これが何かご存じなのではないですか? そして、見たいのですね。私の下着を。」

「下着・・・だと?」

「そうです。レイラ様が用意してくださったのは、コルセットに変わる新しい下着。しかしながら、局部だけを隠す仕様であるため、レイラ様が仰る通り、殿方に易々と見せるようなものではありません。それを、このような場で晒し、私を辱める事をエドモント様はお望みですか?」

「それは……失礼した。だが―――」


 思わぬ加勢で、エドモントの勢いが落ちる。

 穏便に済まそうとしてくれたアルレットには悪いが、この隙を見逃す手は無い。


「まぁ、殿下とて年頃の殿方ですものね。女の子のおっぱいを包む小さな布切れに興味があるのは普通のことですわ。でも、そういう事に、まだ婚約もされていないアルレット様を巻き込むのは如何かと思いますわ。そんなにブラジャーが見たいのでしたら……そうですわ。明日にでも試作品を箱いっぱいに積めて殿下宛に届けさせましょう。それで好きなだけ堪能なされたらいかがです?」

「な、何を言い出すんだ君は、なんてはしたない!!」

「あら、言葉を選んでいたら埒があかないから、分かりやすく言ってさしあげているんですよ。見たいのでしょう? アルレット様のブラジャー。」

「違っ」


 面食らったエドモントをこれでもかと攻め落としていく。

 金輪際関わりたくないのだ。

 もう、この際とことん嫌われてしまおう。


「でも、アルレット様は嫌な様子ですし、それではセクハラですね。」

「セク・・・なんだって?」

「セクハラ。相手方の意に反する性的な言動で、それによって、一定の不利益を与えたり、場を乱す事を言いますわね。今はまだ、若気の至りですむ言動も、年を取れば「エロおやじ」ですわ。殿下が陛下となられた時に、「気持ちの悪いエロおやじ」と認識されないよう、気をつけた方が良いかと思います。」

「無礼者めが!!」

「恐れながら、無礼は殿下の方かと存じます。折角アルレット様が私の身体を気遣って見舞いに来てくださったのに、それに無理矢理付いてきたかと思えば私をまるで罪人の様に。すでに殿下の中に私が悪だとの結論があり、それに従えと言う事でしたら、証拠でもなんでもでっちあげて、どうぞ断罪なさったらいかがですか? 会話の出来ない人間との会話など、時間の無駄でしょう。」

「なっ……」


 言葉を失うほどに、エドモントは顔を真っ赤にして怒りを露わにしている。


( あら…やり過ぎたかしら? 不敬罪で島流しにされたらどうしましょう…?)


 まぁ、それもいいかと開き直れるあたり、レイラの中にも相当アドレナリンが出まくっているらしい。


「そこまでにしよう、エド。レイラの言うとおり。今回は君が悪い。君はレイラの話をきちんと聞くべきだった。」


 ずっと黙って傍観していたモーリスが、頭に血が上ったエドモントに静かに語りかける。


「悪かったレイラ。レフェーブル嬢とはまるで話が出来なくてね……レイラと話せば何かわかるかもと、エドを連れてきたがそれは間違いだったみたいだ。」

「モーリス様が謝ることは何もないですわ。それに、私も言い過ぎたというか……」

「確かに、いつものレイラらしくはなかったけど。それほどに体調が悪かったんだろう? ……ほら、エドもちゃんと謝って下さい。」

「………。」


 モーリスに諭されてもまだ、エドモントは何も言わない。

 と、いうよりは、放心状態なのかもしれない。

 イスに深く座り込み、だんまりを決めた。


 モーリスを挟んで少しだけ冷静になったレイラは軽くひれ伏し口を開いた。


「恐れながら、再度質問にお答えさせていただきます。……私は、レフェーブル男爵令嬢の事を何も知りません。ただ、先ほどレフェーブル男爵令嬢とお話しさせていただいた限りでは、エドモント様の事を心底好いておられるご様子でした。そして、度々婚約者候補に上がる私を目の敵にしておられれる。彼女は言っていましたよ、「私とエドが結ばれるために、悪役が必要なのだ」と。庶民上がりの男爵令嬢ですから、何かキッカケが欲しいとそういう事なのでしょうが。そのために、必ず私を悪に仕立ててやるのだと仰いました。話しも聞かずに人を悪と決めつけるで殿下と、お似合いですわね。」

「何を―――っ!!」

「殿下が未だに婚約者をお決めにならないのは、「運命の相手を探しているからだ」と噂で聞いたことがありますわ。レフェーブル男爵令嬢ならばきっと、殿下の事を一心に愛してくださることでしょう。他所でやってくれというのが本音ですが、無実の人間に罪を擦り付けた先に殿下の幸せがあるというのでしたら、私も公爵家の令嬢として、その役目を全うする覚悟でございます。ラルック国の繁栄の礎に、どうぞこの身をお使いくださいませ。」


 何を考えているのかだろう。

 エドモントは、もう何も言い返しては来なかった。


「アルレット様、モーリス様、殿下。本日は、私などのお見舞いに来ていただいて感謝しますわ。ですが………私はまだ、具合が優れませんので、この辺で失礼いたしますわね。」


 レイラを心配そうに見つめてくれるアルレットに軽く微笑んで、後のことはララに頼み、レイラは部屋を後にする。


 どっと疲れが押し寄せて来て、自室に戻ったレイラは再びベットへダイブすると、そのまま眠りに落ちていった。

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