第8話 やってもいないことは認めようがありません
演習場でエドモントに説明を求められる前の事……
その日も、レイラはいつもの様にネリーとルイーズと共に食事をしていた。
「アルレット様とエドモント殿下は、演習場で逢い引きなさるらしいですわ。婚約待った無しかもしれませんわね。」
と、ネリーが興奮した様子で話をしていた。
アルレットがエドモントの婚約者候補に挙がっているという話は、少し前から噂になっていて、むしろ、何故今までその縁談が挙がらなかったのだろうと思うほどにしっくりと来る話であった。
「私はレイラ様とエドモント様を応援したかったですけれど……」
と残念がるルイーズは置いておいて、レイラはその事に嫌な予感を感じていた。
というのも、ゲームでは気弱な勤勉少女だったアルレットは、今世では心身を鍛え上げた立派な令嬢になっている。
それは見方を変えると、『レイラに利用される可哀想なキャラ』ではなく、『レイラに変わる悪役令嬢』になり得てしまうのではないかと、危惧しているのだ。
本来レイラがエドモントに出会うはずだった幼少期に、本来出会うことのなかったアルレットが彼と出会ってしまった。
今まで見向きもされなかったアルレットが、突如婚約者候補に名乗りを上げた。
悪役令嬢になりたくはないけれど、
( 身代わりだなんてことだけは、絶対に阻止しなければなりませんわ!!)
そう思った次の時には、レイラはその席を立ち、演習場へと足を運んでいた。
するとそこには何故か、ずかずかと演習場を踏み荒らして、人の剣を勝手に振り回すエマの姿があり、隠れて見守った結果、事の始終を報告する事になったのである。
☆☆☆
「―――――― 以上が、私がこの場で見た事の始終でございます。殿下。」
説明を求められたレイラは、なるべく簡潔に、客観的に見たことを話した。
それらが、エマの並べた御託と食い違おうと、そんなことは関係ない。
アルレットに何の罪もない事をきちんと説明して見せた。
「かなり意見に食い違いがあるな。モーリス、どう思う?」
「私といたしましては、殿下への礼儀を欠く人間の言うことは聞きたくありませんね。ついに敬称まで省略しやがって。」
珍しくモーリスが取り繕う事を忘れて怒っている。
今回はエドモントがエマの話を真っ先に聞きに行ったから、てっきり裏ではエドモントとエマの距離が縮まっているのかと思ったけれどそんな事はなかったらしい。
「バジル、君は?」
「よろしいのですか? 私は妹の方を持ちますよ。」
「ふっ。君が公平性を重んじる人間であることは理解しているつもりだ。話して見ろ。」
「では、失礼して。」
バジルがエドモントに軽く頭を下げてから、アルレットとエマを交互に見て持論を述べた。
「我が妹アルレットは、手合わせする相手が何者であっても、決して手を抜くことはありません。武術に関して、それが礼を欠くことであると理解しているためです。ですから、そちらのレフェーブル嬢と手合わせして負かしたとしても何ら不思議はないと思います。・・・手合わせしたことのある殿下には覚えがあるのでは?」
「あぁ・・・確かに私はその昔、アルレットのおかげで5日寝込んだからな。」
「えぇ。あの時の父上達の慌てようと来たら、この世の終わりのようでしたね。むしろ、彼女が怪我せずにいられている事に、その妹の成長ぶりに感動しています。
・・・失礼、話を戻しましょう。そんな物怖じしないアルレットですが、普段は無益な争いは好まないきらいがあり、一人黙々と鍛錬を続けるような子です。ですから、意味もなくレフェーブル嬢に剣を持たせることはないかと。以上のことから、私としてはドートリシュ嬢の話の方が現実味があるかと存じます。」
バジルの説得力ある説明に、エドモントもモーリスも深く頷き、アルレットは安堵の表情を見せている。
普通ならばこれでお開きなのだろうが、しかし、それで引き下がるエマではない。
「な! 私はアルレットに大声で怒鳴られたのよ!? 探せばその声を聞いた人見つかるかもしれないわ。すっごく大きな声で怖かったんだから。」
「お言葉ですがレフェーブル嬢。あなたが触ろうとした剣ですがね、それはアングラード家で行われる、親族一同が集う武道大会において、アルレットが良き成績を収めた証に贈られた宝剣です。私でしたら、家族にすら触らせません。むしろ、一喝で済んだことを喜んだ方が良い。それほどの物です。」
「な、そんな大事な物をこんな所に持ってくる方が悪いでしょ!!」
チワワのように吠える。
と言ったら、チワワに失礼なのだけれど、小動物がキャンキャン吠えているような、甲高いエマの叫びは、無駄に響いて耳障りが悪い。
「あぁ、これは私がアルレットに頼んだんだよ。レフェーブル嬢。」
誰が何を持ち歩こうと、余計なお世話であるが、
驚いたことに、エマに向かってそう返したのはエドモントだった。
これにはさすがのエマも言葉を失う。
「普段は鍵付きの棚に丁重に飾られているという宝剣を、無理を言って持って来て貰ったのだ。私の婚約者になるかも知れない彼女の輝かしい実績を、一度この目で確かめておかなければと思ってね。」
「あ…そ、そんな、アルレットごときが、エドの婚約者ですって……!?」
どうやら、アルレットがエドモントの婚約者候補になったことは知らなかったらしい。
にしても、確かに、ゲームでのアルレットは、一番最初に退場する、最弱の悪役だけれども、だからって本人を目の前に「ごとき」は失礼すぎるでしょう!
( あーあ、モーリスもバジル様も、殿下も怒らせて……。この子、本当に常識がありませんわね……)
その場の全てを敵に回したエマ。
流石に諦めるかと思いきや、そんな彼女が次に発した言葉は……
「よくわかりました。つまりこれは、全てレイラ様が仕組んだことですね!? あなたってホント、サイテー!」
これ以上アルレットを糾弾するのは不可能と判断し、エマの矛先はレイラへとすり替わった。
「アルレットはレイラ様に利用されているんです! 可哀想なアルレット。でも、私が助けて差し上げます!」
「な、私がレイラ様に…? 何をおっしゃっているんですかエマ様?」
「仲良しのレイラ様に、何か言われたんですよね! でもレイラ様は、あなたが思っているより悪人なんですアルレット。……そうでしょ? レイラ様。私、知ってるんですよ。私ちゃんと謝ったのに、あの日からずっと意地悪してきますよね?」
潤んだ瞳が訴えかけるが、もちろん身に憶えはない。
もっと言うなら、エマに謝ってもらった記憶すらない。
「具体的には、私が何をしたと?」
「私の書物を隠したり、ペンを壊したり、妙な手紙を鞄に忍ばせたり……あとはえっと……とにかく色々です!」
思いつきで話しているからか、意地悪の内容があまりに幼稚。
しかもネタ切れの早いこと。
もう少し頑張れないものかと、張り合いのなさにため息をが出てしまった。
「残念ですが、それらは私がやったことではございませんわ。」
「認めないんですね?」
「やってもいないことは認めようがありません。」
( あぁ…これ、いつまで続くのかしら……?)
一向に終わりが見えてこない。
いくらだって、エマは喚き散らしそうだ。
だとすれば、矛先が
「……ですが、きっと証明も難しいですから、私がやったと思いたいのならそうなさって結構ですわ。但し、それはこの場には何ら関係のないこと。殿下の貴重なお時間を拝借するようなお話ではありませんわよね。エマ様の無益な妄想に、付き合う義理もないのですが、これ以上は場所を移して行いましょう。」
アルレットの無実は、もうこれ以上覆ることはないだろう。
だとしたら、お邪魔虫は退場すべきである。
レイラはエマの腕をがっしりと掴み、「失礼いたしますわ」と満面の笑みで礼をして、強引にエマを演習場から連れ出したのだった。
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