第7話 イベントの強制力(アルレット視点)
イベントの強制力。
それにアルレットが直面したのは、レイラとのお茶会から2週間ほどしたある日のことだった。
「アルレット! よかった。やっと会えた!」
そう言いながら、神聖な演習場へ軽々と入ってきたのは、エマ。
因みに、当たり前だがアルレットにはエマとの面識はない。
「アルレットってば、何で武術なんかに精を出してるの? 」
「……」
( ……何ですか、この礼儀を欠いた令嬢は。)
こちらの返事も待たず、ずかずかとアルレットの隣に来て、そこに置いてある練習様の剣を手にとってぶんぶんと振り回し始めたエマ。
「元庶民で礼儀がなっていない」という噂以上の常識のなさにアルレットは呆れて物もいえなかった。
「失礼ですが……レフェーブル男爵令嬢、でしたよね。」
「やだ、アルレットってば。エマでいいですよ。」
「……では、エマ様。剣を勝手に触るのは辞めていただけますか? お怪我なさいます。」
「えー。大丈夫ですよ。あ、この剣すっごい綺麗な装飾っ」
「それに触るなっ!!」
思わず叱咤してしまった……。
エマが手を伸ばしかけたのは、アルレットが最も大切にしている剣だったのだ。
「ちょっと剣に触ろうとしただけなのに、そんな怒る事ないじゃない。」
「ちょっと? その剣の価値も分からないあなたに教える剣術はありません。どうぞお引き取りください。」
「そんな事言わないでよ。私、落ちこぼれのあなたより才能あると思うのよね。ほら、ちょっと手合わせしてみましょう?」
剣を持って、非常識極まりない態度でアルレットに手合わせを求めるエマ。
普段なら、この程度の挑発に乗ったりはしないのだが、今日のアルレットは少し焦っていた。
( 何故今、この人はここへ来た……?)
今日はこれからこの場所にエドモントがやってくる。
そう約束を交わしたのは、昨日家に帰った夜の事。
城勤めの父経由で、その言伝は伝えられた。
王立騎士団長の父を持つアルレットは、幼少期より父と城へ出向き、将来尽くす事になるであろうエドモントと言葉を交わしていた。
レイラとの婚約が中々決まらない昨今、そんなアルレットにもエドモントとの婚約話が持ち上がり始めており、そのことについてエドモントが話をしたいと言って来たのである。
「私もそう暇ではありません。あなたが負けたなら、潔くこの場を去っていただけますか?」
「分かった。」
「では……」
向き合って一呼吸。
緊張感の欠片もないエマに向かい、軽めの一撃を放つ。
それだけで、エマの手から剣が飛んでいく。
はじかれた剣は床をクルクルと回って遠くでぴたりと止まった。
「勝負ありましたね。では、ご退場願います。」
「ひ・・・酷い! まだ何もしていないのにー!!」
アルレットの言葉に耳も貸さずに、その場にひざを突いて泣き出すエマ。
いい年して、泣けば済むとでも思っているのだろうか。
さっさと片付けたというのに、出て行ってくれる気配はまるでなかった。
「何の騒ぎだ?」
いつからそこにいたのだろうか。
気づけばそこにエドモントが、エマの泣き声に怪訝な顔をしながら、立っていた。
隣にはモーリスと、アルレットの2つ上の兄、バジルの姿もある。
「あ、エド! 聞いてよ。アルレットったら酷いんです……私、少し剣術を教えてって言っただけなのに……」
「……アルレットが、君を剣でやりこめたというのか?」
「そうなんです。分かってくれますか? 流石エド!!」
アルレットには目もくれず、エマの言い分を聞き入れるエドモント。
それに、パァっと明るい花を咲かせたエマは、すっかり泣き止んで、頬を緩ませている。
「しかも、ちょっと剣見せてもらっただけで、すごい剣幕で怒ったんですよ!?」
「それはあなたが―――っ!」
反論しようとしたが、横にいたバジルにそれを制止されてしまった。
( 弁解すらさせてもらえず悪者になるなんて……。これがゲームの強制力? 何故こんな中でもレイラ様は希望を捨てられずにいる……?)
――― いや、違う。
レイラは言っていた。
呑まれてやる必要はないのだと。
間違っていないのなら、臆することはない。
そうすれば結末は変えられるのだと。
( そうだ。私は凛としてこの場に立っていればいい。)
しっかりと背筋を伸ばし、エドモントにあること無いこと吹き込むエマの姿を傍観する。
客観視すると、その姿はあまりに無様で、ああでもしないと彼の心を射止めておけないとは、実に哀れなものだと、不憫に思えて仕方なかった。
「―――と、いうわけなんです。」
「なるほど。よくわかった。」
エマの長ったらしい方便が終わり、エドモントがこちらを振り返った。
例えこれをエドモントが信じたとしても、最後まで胸を張って事実を恙無く述べようとアルレットは心に決めたが、エドモントが次に話しかけたのは、アルレットではなかった。
「さて、我々が来るより前から、そこで見ていたのだろう? そろそろ出てきてはどうだ?」
その視線はアルレットを通り越した先を見据えていた。
視線をたどって振り返ると、物陰からレイラがひょっこりと顔を出す。
「多大なるご無礼をお詫びいたします殿下。盗み聞くつもりは無かったのですが……。」
「よい、ドートリシュ嬢。それよりも、この場を早く収めたい。見聞きしたことを話してくれないか。」
「殿下のお心のままに。」
そう深く頭を下げたレイラは、にっこりと微笑むと、その一部始終を嘘偽りなく語りつくすのだった。
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