第6話 吞まれてやる必要はありませんわ

「レイラ様!」


 馬車に乗り込もうとしたレイラの背中に呼びかける声。

 振り返るとアルレットが息を切らして立っていた。


「あら、アルレット様。先ほどはお付き合いありがとうございました。何かご用でしょうか?」

「あの……あの……不躾で申し訳ありません。ただ、もしやと思いまして……」

「???」

「レイラ様はたこ焼きという食べ物をご存じですか!?」


 たこ焼き。

 勿論知っている。

 この流れはつまり……


「アルレット様は大阪出身でしたか。」

「!? やはり、なのですね?」


 複雑な表情で驚きの声を上げているアルレット。

 その気持ちは分かるが、迎えの馬車が立ち並ぶこの場所で、安易に話せる内容ではいない。


「……ここではなんですから、良かったら家へいらっしゃいません? 今日はお父様もいらっしゃいますから、情報共有、いかがですか?」

「まさかドートリシュ公爵も!?」


 驚愕するアルレットに頷いて、レイラはララ達にアルレットが屋敷に来られるよう手配を求め、アルレットと共に馬車へ乗り込んだ。




 ☆☆☆




「つまりアルレット様は幼少期に前世の記憶をお持ちになり、武術の道を志すことをお決めになったわけですね。」

「はい。薬学にだけは手を出すまいと、徹底して距離をおいて参りました。しかしながら、自身の武術の才の乏しさは予想以上で。おかげで茶会などに参加する余裕も無かったのは幸いでしたが。」


 ゲームでのアルレットとレイラの馴れ初めは、アルレットが幼少期に参加したお茶会に遡る。

 家柄に反してその才が無いことを揶揄された所を、レイラに救われるのである。

 誰もが白い目で見ていたアルレットの薬学への興味を、応援し、手助けしたのもレイラで、その結果、レイラを妄信する取り巻きになり下がってしまったというわけだ。


「レイラ様とエドモント様がご婚約されていない事から、私が逸脱した事により、シナリオが変わったのかと安心していたのですが……。先日、エマ様が登校時にレイラ様にぶつかり怪我をされたと聞きまして、一層レイラ様とは距離を置こうかと考えていた所です。」

「そうですわよね。それなのにごめんなさい。私が興味本位であなたの名前を出してしまったから。ネリーもルイーズも素直でいい子達なのよ。悪く思わないであげて。」

「いえ。お陰でレイラ様のご事情が把握出来て良かったです。レイラ様は、エドモント様とエマ様の間に入る気はないと、そういう解釈でよろしいのですよね?」

「勿論ですわ。お父様も私も、目指せ島流し回避!を目標に日々真面目に誠実に生きていますわ。ただ……」


 それでも、回避は難しいかもしれないと、レイラは不安だった。


「ゲームのイベントには、どうやら強制力があるようですわね。例え婚約していなくとも、友人と慎ましく登校していたとしても、会ったこともないエマ様はぶつかってきて、私を悪役に仕立てようとしましたもの。」


 思い出してしまった、うんざりとした気持ちをゆっくり吐き出すと、ずっと黙って話を聞いていた父、カミーユが同調するように頷き口を開いた。


「あぁ。それについてはレイラに同感だ。何度レイラをエドモント様の婚約者候補から外しても、すぐにまた候補にあがってしまう。私と国王シャルとの関係が違っていれば、候補で収まる事すら難しかっただろう。」


 カミーユは、現国王シャルルと幼なじみで、幼少期から苦楽を共にしてきた。

 だからこそ、少しの融通が効く。

 ゲームではその立場を利用し悪行を重ねたが、今世では実に優秀な王の片腕となっているという。


「それに、レイラアルレット貴女は、こうして出会い、内容はどうあれ、家に招いてお茶をしてしまっていますわ。」

「……ですが、アルレットのイベントは、アルレットが精製した毒薬が必要になりますが、もちろん私はその精製方法を知りません。それでもイベントは起こると思いますか?」

「残念ですが、起こるとおもいますわ。こればっかりは、身に起こってみないと分からないと思うのだけれど……感じるの。逃げられない運命、ゲームの強制力を。」

「ゲームの強制力…ですか?」

「えぇ……」


 それにはカミーユも深く頷いた。

 上手くは言えないけれど、逃れようともがけばもがくほど、どうにも出来ない歯がゆさを強く感じる。

 まるで蜘蛛の巣の上で踊っているような感覚にとらわれるのだ。


「ですが、だからといって呑まれてやる必要はありませんわ。私は私の正しいと思う事をしてきましたもの。無実ならば堂々と、無実を主張しますわ。先日はそれで、結末も少し変わりましたしね。」

「そういえば、エドモント様がエマ様ではなくレイラ様をお運びしたと噂になっておりましたね。事実なのですか?」

「え……えぇ……。」


 【お姫様抱っこ】の下りは、カミーユにも話していないので、少しタジタジになりながら、コホンと一つ咳払いをして、続ける。


「殿下と親しいモーリス様が、その場を収めてくださいましたの。モーリス様とは私も面識がありましたので、信用頂けたみたいですわ。ですから、例えイベントが強制発動したとしても、アルレット様はアルレット様らしく、真摯に向き合われたら良いかと思いますわ。」

「心に留めておきます。」


 本当は、もう少し仲良くしたいと思う。

 けれど、こちらにその気は毛頭ないとしても、レイラはアルレット見限る可能性があるキャラ。

 アルレットからしたら、関わりたくない人物であることに変わりはないだろう。

 悲しいけれど、自分がアルレットだったとしたら、違和感を覚えたとして、レイラを呼び止める事はしなかったと思う。

 それを思えば、こうして情報を共有させてくれただけでもありがたい事。


( 後は、アルレット様の無事を陰ながら応援しましょう…)


 と、レイラは親しくなりたい気持ちをそっと押しとどめた。


 そしてお互い、異変があれば共有しようと約束し、その日は解散となったのだった。


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