第5話 アルレット・アングラード

「そういえば、エマ様はあれから孤立してしまっているそうですよ? 誰も近づかないのだとか。」


 とある日の昼休み、友人、ネリーがそんな話を持ってくる。


「当たり前ですわ。何を思ってレイラ様にあんな無礼を……。私は許しませんわ! 元庶民といえども、今は男爵令嬢、相応の立ち振る舞いを直ちに覚えるべきです!」

「本当に。…でも、あの時の殿下とレイラ様、素敵でしたわね。殿下の婚約者候補に度々名があがっているのも頷けます。とってもお似合いでしたもの。」

「こら、レイラ様に失礼よ。」


 ネリーとルイーズは仲良く話を続けていた。


( そう……。確かエマヒロインは、学園に入学してすぐにシルヴィ・カスターニエという親友が出来るはずなのに……彼女は何をしているのかしら?)


 二人の話を話半分に聞きながら、レイラはそんなことを考える。


 シルヴィは、庶民あがりで何かと周りと対立するエマヒロインに優しくしてくれる友人で、親友ポジションのキャラだった。

 可愛らしいデザインに見合った、優しく穏やかなキャラクターで、プレイしていた当時は大好きな推しキャラだったのだけれど……

 ゲームの終盤、エドモントとエマがお付き合いを始めると途端に、エドモントを寝取り悪役として頭角を現してくる。


( あの裏切り行為には、しばらくゲームを放棄したわね……。ま、だから友達作りをするならシルヴィ以外にした方が賢明かもね。)


 ゲーム内の他人事ならいざ知らず、リアルで親友にそんな裏切り方をされたら、自分だったら耐えられそうにないなと、そう思いながら、レイラはカップの紅茶を飲み干した。


 友人といえば、レイラの友人だったはずのアルレットともまだ出会えていない。

 彼女は、本来なら入学前にレイラと出会い、取り巻きになっているはずだった。


 アングラード家は代々王立騎士団の団長を勤め上げるほどの武術家なのであるが、

 女であったアルレットは剣術に興味を示さず、薬学を学び、主に毒物に詳しくなっていく。

 その腕前は見事で、数多の新種毒を生成することに成功。

 悪役イベントでは、解毒薬の存在しない猛毒を使いエマを命の危険に晒し、学園からは退学処分をうける。

 アングラード家からも見放されたアルレットは、行方不明というエンディングをむかえるのであった。


 因みに、それを命じたのはレイラであったが、レイラは知らぬ存ぜぬで全ての罪をアルレットに押しつける。

 豊富な薬学知識は、正しく使えば世のためになっただろうに、今は何をしているのだろうか。


「ねぇ、アングラード家のアルレット様をご存じかしら?」


 ネリーとルイーズに聞いてみる。

 噂好きの二人なら、彼女について何か知っているかもしれない。


「勿論知っています。やはり、レイラ様もご興味があるんですか?」

「えぇ。素晴らしい方だと噂で聞いたものですから。」

「ですよね! アルレット様なら演習場へ行けばきっとお会いできますよ?」

「あら、薬学室ではないのね……」

「薬学……? アルレット様は休み時間も鍛錬を欠かさないのです。一度拝見しましたが、剣術はそれは美しくて魅入ってしまいました。」

「そう……それは一度、見てみたいですわ。」


( そうか、この世界では、剣術を極めることにしたのね。)


 元々器用に何でもこなすような人物描写があった。

 どうか変な道に進まずに生きて欲しいものだ。


「あ、噂をすれば。レイラ様、アルレット様ですよ。今呼んできますね!!」

「え!? 演習場にいるんじゃなかったの・・・?」


 止める間もなく、少し先の通路を横切ったアルレットをルイーズが呼びに行ってくれた。

 かなり困っているが、少しだけ家柄が高いレイラの名前を聞けば断ることは難しいだろう。

 ルイーズに引きずられるように、しぶしぶアルレットがやって来た。


「初めまして、アルレット・アングラードと申します。よろしければアルレットと。」

「あ、そんなかしこまらないで頂戴。えっと、レイラでいわ。 その、突然ごめんなさいね。今、あなたの剣術が美しいという話をしていて……。今度演習場へお邪魔しても?」

「えぇ、是非。」


 アルレットは目を細めてほほ笑んでいるが、目の奥が全く笑っていない。

 社交辞令というか、関わらないで欲しいという壁のようなものを感じてしまうのは、武術を極めたアルレットの気迫のせいなのだろうか。


「そういえばレイラ様、何故アルレット様が薬学室にいると勘違いされたんですか?」


 簡単に話を終わらせようとしたところに、ネリーが首を傾げる。


( 全く、余計なことを……)


「薬…学…?」

「あ、いえ。アルレット様がは薬学にも精通されていると聞いた気がして。」

「……残念ですが、私は薬学は選考していません。どなたかとお間違えでは?」

「そ……そうね。勘違いだったみたい。失礼しましたわ。」

「………。」

「………。」


 その後、始業の鐘が鳴るまでどんな話をしたのかは、覚えていない。

 ネリーとルイーズが、いつものようにキャッキャと話しているのを聞きながら、当たり障りのない返答をして、微妙な空気のままその時間は過ぎて行ったのだった。



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