第4話 何……この真っ当な世界……

「お嬢様、いってらっしゃいませ。」

「えぇ。」


 送迎の馬車に残るララに向かい、レイラは軽く手を振り学園の門をくぐる。

 同じように馬車から降りてくる生徒の中に見知った顔をみつけて「ごきげんよう」と挨拶をしていると、少し後ろでザワついた声があがった。


「あら、どうしたのかしら?」

「あぁ、多分レフェーブル男爵令嬢です。元庶民ということもあってか、あの方少々変わっているんです。」

「そうですの。」


 ゲームの主人公ヒロイン、エマ・レフェーブル。

 学園に入学してひと月程立ったが、そういえばまだ見かけていなかった。

 とはいえ、関わる気もサラサラないので、レイラは、その話をさらっと流す事に。


「それより、今日の抗議には特別講師が招かれるというのは本当かしら?」


 と話題を変えたのだが…


 ――― ドンっ


 突然右肩に何かがあたった。

 そして、ぶつかった衝撃より遙か大きな衝撃を勝手に受け、何かが遠くへ倒れ込む。

 回りにいた友人達が言葉を失う。もちろんレイラ自身も言葉を失う。

 足下には、食べかけのクロワッサンが転がっていた。

 つまり、倒れているのは見るまでもない、エマ・レフェーブルだ。


「レ、レイラ様、大丈夫ですか?」

「えぇ。……えっと、あなたは、大丈夫?」


 心配してくれる友人達に返事を返し、まるで被害者と言わんばかりに大袈裟に倒れ込んでいるエマに話しかける。

 エマは返事をしなかった。

 数人の友人に囲まれながら倒れて物言わぬエマを見下す様な構図。


( これじゃ私が何かしたみたいじゃない!!)


 ぶつかって来たのはそっちでしょう!? と言いたい気持ちをグッと堪え、レイラはエマに手を差し出した。

 こうなった以上、きっともうすぐ彼が来る。

 体裁くらいは整えておこう。


「何の騒ぎだ?」


 そこを偶然に通りかかるエドモント。

 面識はなくとも誰であるかは一目瞭然のため、レイラ含めそこにいた一同騒ぐのを止めて頭を下げた。

 ただ一人をのぞいて。


「いったーい!!」


 今まで微動だにしなかったエマが突然そう言って起きあがる。


「あ、エド様!! 聞いてください。私遅刻しそうで走ってたんですよ。そしたらレイラ様に足かけされて……あ、血出てる……」


 今にも泣き出しそうにエドモントを見上げるエマ。

 レイラの横で友人達がそれはもう怒りを爆発させようとしているのを、「まぁまぁ」と宥めながら、エドモントがこの地雷娘を速やかに回収し、立ち去ってくれるのを待つ。


 しかし、そこで口を開いたのはエドモントの親友モーリスだった。

 レイラと同じく公爵家であるティロル家の長子であるモーリスとは、幼少のころから交流がある。幼馴染のお兄さんとして小さい頃はよく、遊んでもらったものだ。


「レイラがそのようなはしたない事をするとは到底思えないですがね……。」

「な、モーリス様はご存じないかもしれませんが、レイラ様はとっても意地悪なんですよ!」


( いやいや、私あなたと初対面よ? モーリス様の方がよっぽど私を分かっていると思うわ…)


 以前から虐められてましたのような言いぐさは止めて欲しい。



「……元庶民とは聞いていましたが、それにしても礼儀がなさすぎますね。回りを見なさい。あなたが不名誉をあたえようとも、黙って殿下に礼を尽くすレイラと、許されてもいないのに発言し、尚且つ勝手な愛称で殿下をお呼びになる貴方。人々はどちらを信用すると思いますか?」

「エ、エド様は私の話聞いてくれますよね!?」


 モーリスに当然の事を言われ、周囲も無言で頷く中、それでも食い下がるエマ。流石にモーリスも「話を聞いていましたか……?」と顔をしかめた。


「もう良い。そこの者、話すことを許す。顔を上げて説明をしろ。」


 てっきり、そのままエマと話して退場コースかと思ったが、説明責任はレイラの方へ飛んできてしまった。


「あ……光栄でございます。エドモント・ラルック王太子殿下。私はドートリシュ家長女、レイラ・ドートリシュと申します。失礼ながら説明させていただきますと……私が友人達と歩いていたところ、彼女が私の肩にぶつかりになり、倒れ込んだのでございます。そのような些細なことで、殿下のお心を不快にさせた事、心よりお詫び申し上げます。」

エマそこの者が勝手に倒れ込んだと言うのだな?」

「はい。私には彼女との面識がございません。話に夢中で回りが見えていなかった事は私の過失でございますが、間違っても足をかけて転ばせるようなことはしておりません。」


 それは事実だ。

 その後の結果がどう転ぼうと、無実の罪を被ってやる必要はない。

 それは、自分の身を案じて怒ってくれている友人達に失礼な行いだから。


「わかった。……それで、肩に痛みはないのか?」

「え!? あ、大丈夫す。ご心配痛み入ります。」

「そうか……。いや、急な衝撃であったのなら、きちんと診てもらった方がいい。モーリス、君はドートリシュ嬢と知れた仲なのだろう? 荷物をもってやれ。私は彼女の身体を支えよう。」

「え!? いえ、大袈裟です。 だいじょう……」


 断る間もなく荷物をとられ、レイラは何故かエドモントに抱き抱えられていた。

 友人を初めとする野次馬が歓喜の声を上げる。


「あ、あの、大丈夫です殿下。それよりあの、彼女の方を……」


 すっかり存在を忘れ去られているエマがキッとこちらを睨みつけている。


「あぁ、それからお前は、散らかした物を片づけておけ。」


 そんなエマを睨み返し、低い声で一喝するエドモント。

 その判断に、野次馬達がさらに歓喜の声をあげた。


「さ、モーリス行くぞ。」

「そうですね。さぁ、皆さんも早くしないと授業に遅れてしまいますよ。」


 モーリスの一声に、呆然とするエマを残して、「解散解散!」と人々が動きだした。

 

( なに……この真っ当な世界……)


 その光景に、レイラはそう思わずには居られなかった。

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