第十話 彼女と別れて

「大胆で、勇敢」な僕の瞳。

彼女は其れを信じて、此のことを告発したのだーー。

そんなことを圭太は一人の帰り道で考えていた。

静香とは既に別れている。

本来ならもう少し遠回りできた彼だったが、余りに肝要な出来事によって、そんなことは忘却の彼方にあった。


真新しい靴で、楊梅色の春の土を踏む。

其の度にざり、ざりと小気味よい音がする。


ーー不意に、少し強い風が吹いて来た。

その撫でを肌で感じ、

こう言うのを「春一番」って言うんだろうな、と圭太は思う。


見慣れた「田中」の文字が段々と近付いてくる。

考え事をしている内に、いつの間に自宅へ到着していた模様であった。


今まで何百回としてきた解錠をし、


「ただいまぁ〜」


と言う。

彼は両親に先立たれ一人暮らしであるので、返す声は無いのだが。

2メートルも無い短い廊下を進んだ彼は、そのまま自室の布団へと迷いなくダイビング、

ふしゃあ、と気の抜ける音がした。


「……」


途端に、疲れがどっと押し寄せてくる。


ーー今日は、本当に色々なことがあった。

「決闘」の噂、

チンピラと最強の優男との遭遇、

そして、想い人の告発......。


そんな風に今日の出来事を振り返っていく。

彼の欠かさない日課だ。


ーーそしてもう一つ。


「あの時、蓮になにか声かけてあげられたらなぁ…… はぁぁぁ......」


「なんで僕はチンピラに殴りかかろうとしてたんだっ! 僕が行っても逆にやられるのに」


「遠回りどころか若干近道してんじゃん、僕......うぅ、折角の帰り道なのに」


布団に包まり、掃除のコロコロの様に転がる圭太。

そして、その一回転ごとにツッコミと後悔を言っていく。


これも彼の日課、「きょうのざんげ」である。

そう、回想と懺悔で一セットなのだ。


「ふぅ......今日はまた一段と多かったな……」


そう言うと少年は回転を止め、大の字にその四肢を投げ出した。

彼の目に映るのは真っ白な天井と、その中心で藤黄色に弱弱しく光る、円い照明のみ。


(……)


ーー何も考えない。

もう、毎日欠かさない日課は終わったのだ。

もう、疲れた身体に休息を与えようとも良いのだ。


だから暫く、このままでいよう……。


段々と薄れゆく意識に身を委ね、そのまま圭太は、深い眠りの底へと落ちていった。



陽が地平線へと沈んでゆく、その最後の光に照らされて、少年は漸く眼を覚ました。

意識が覚醒するにつれて、段々と自分のすべき事を思い出してゆく。


「あっ……風呂とお菜の用意、忘れてた……」


未だ半開きになっている眼を擦りながら、少年はすべき家事へと向かった。


慣れた手つきで野菜を切り、既に用意の完了した鍋へと投入、コンロを「中火」に変える。

暫くして、コトコトと食欲を擽る音が鳴り始めた。


「よし、準備完了。この間に風呂だな」


パタタタ、と風呂場へと向かい、押引式の扉を開ける。

別段気分が良いという訳では無いが、お気に入りの鼻歌も歌ったりして、風呂に備え付けられたパネルを数回押すーー無論、そのリズムに合わせて。


「ふんふふ ふふふ ふんふ ふんふーん」

……と。


そのまま曲の最も盛り上がる所で、丁度風呂予約が終わってしまった。

名残惜しそうな顔をしながら、圭太は台所へと帰還する。


見ると、丁度出来上がった様だ、音をグツグツと変えた鍋の姿があった。

味見をしてみるーー優しい味だ。出汁もよく効いている。


白米の方の用意だけは事前にしてあった為、これで食卓の完成だ。


テーブルの上に茶碗を丁寧に並べ、席へと座る。

この間なんと、十分足らず。

我ながら腕を上げたものだ、と少しうれしくなった圭太だろうか。


「いただきます」


手を合わせ、言う。

誰が聞くでも無いのに。


♢♢♢♢♢♢

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