第六話 戦闘力5の高揚

二つの爛々と煌めく瞳が、一点に圭太を見据えている。

しかしその中に或るのは、虹彩の美麗な赫とは裏腹の、深淵が覗く嵩張った黒色であった。

只事ではないと、全身の神経が警鐘を発している。


ーーしかし。


「どどど、どうされましたか......? お気に障ることでも言ってしまいましたかね、僕」


圭太は言葉を掛けた。少し狼狽えているが、中々に滑らかな発音で。


「……」


返ってきたのは、重く冷たい沈黙。

誰から見ても、その反応は少年の行動の間違いを表すものだとわかるだろう。


「ええと、すみません。やっぱり、軽率な発言をしてしまったようですね」


それでも、彼は声をもう一度掛けた。

恐怖心がないからなのか、将又 生来的なものなのか。


それに反応し、優男の目が少し挟まる。


さて、実は今彼の中には二つの感情があった。


一つは、身を縛るほどの恐怖。

かの瞳に睨まれた時に芽生えたもの。

それは、誰だって抱くだろう、という点ではある意味普遍的な気持ち。

無論、彼も感じていた。



しかし、もう一つの気持ちーー「」は、決して万人が抱くような感情ではなかった。


異質な、狂気的な感情。


ーーなんだか気持ちいい。


その言葉で脳が埋まっていた。


「えっとその、大丈夫ですか? 見たところ、具合が悪そうですが。あ、もしかして、チンピラに何かされたのですか?」


彼の言葉は無責任に加速していく。僅かな狂気を孕んで。


傍から見ていた新島も、無論恐怖を抱いていたが、同様の感情を持つであろう圭太の異質な行動に、別の恐ろしさを感じていた。


沈黙がその返答だというのに、


(何故、この子は話しかけているの?)


それは、猛獣の檻の鍵を、サーカスの観客が開ける様なもの。

しかし、彼の行動には恐怖が殆ど感じられない。

喰われてもいいーー彼女の目には、そう言っている様に見えた。


もう、やめよう、そう勇気を持って語りかけようとした、その時。



「……あぁ、もう大丈夫だよ。心配かけちゃったね」


ーー史龍が、突然そう言った。


まるで、台風の目に入った様な、先程までの空気とは打って変わった言葉に、新島だけでなく圭太も驚かされる。


驚愕によって体の中の「高揚」が消えていくのを感じた圭太は、先ほどとは真逆の、落ち着いた口調で彼に語りかけた。


「…いえ、お気になさらず」


慌てて西島も同様の言葉を言う。


気付けば優男の目の色は再びワインレッドに戻っており、彼が瞳に抱いていた深淵を手放したのが判った。


「あ、そうだ。 僕、ちょっと用事思い出しちゃったから帰るね」


史龍は突然そう言って、じゃあねー、と手を振りながら何処かへ消えてしまった。

……台風一過とは、正にこのことだろう。


残されたのは彼と彼女。


「ええと……」


「うん……私たちも、帰ろっか」



呆然としつつも、彼等は各々の鞄を手に取る。

そこで、圭太あることに気が付いた。


(色々あったけど……もしかして、西島さんと帰れるんじゃないか?)


心の中で万歳三唱。

トランペットの甲高い音でファンファーレが響く。


「……どうしたの? なんか胴上げみたいな動きして」


……どうやら体外にまで喜びが漏れていた様だ。


「いや、チンピラがいなくなってよかったなぁ! と」


適当に誤魔化す圭太。

まさか表情には出ていないよな、とヒヤヒヤする。


「あ! チンピラと言えば…ありがとう、助けようとしてくれて」


西島はそう言って笑った。

圭太にはその姿が天使に見えたことは言うまでもないだろう。


「いやいや、たまたま通りがかっただけだよ」


優男を真似て、手をヒラヒラと振る少年。

しかし、その行動を格好良く見せるには、それ相応の顔面偏差値やテクニックが必要で。


「……?」


……不思議がられてしまった。

仕方なくもう一度言い訳をする圭太。


「いや、改めてチンピラが(以下略)」


「そっか……」


ーーしばし、沈黙。


先程の沈黙とは訳が違うが、こちらは微妙な雰囲気が中々に辛い。



「と、ところでさっ」


沈黙を破ったのは彼女であった。


「知ってる? あの…『決闘』の噂」


突然の「決闘」の言葉に少なからず動揺する圭太だろうか。

噛まない様にしながら、彼は叫び気味にその言葉に答えた。


「あ、あぁ! 知ってるよ」


「そっか、やっぱり広まってるんだね」


誰が言い出すでもなく、彼女は鞄を持って歩き始めた。

少年もそれに続く。


「うん、朝からみんな噂してたからね」


いつの間にか訪れた、けれど少し心配な走り出しを見せたーー幸せな一時を噛み締める圭太だった。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

祝!100PV越え!


本当にありがとうございます!


大丈夫かな? 読んでくれる人、いるかな?


……と臆病と不安から始まった今作ですが、

PV三桁という形で読者の皆様の存在を感じることができ、とても嬉しいです。


拙い文章が大きな特徴のこの物語、

これからも、どうかよろしくお願いします。
















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