14 東京駅で
*『閑話 念願の、朝の…』は順番を間違えて公開していたので、順番を入れ替えるため一旦取り止めました。
一度読んだ下さった方には、申し訳ありません。
音成は、山川先輩と合流することなく一人で本社に戻ってきた。
デスク周辺の私物を片付けたあと、世話になった人たちへ挨拶のため各課に出向いた。行く先々で引き止められて、労いや激励の言葉をもらった。
異動の経緯を知っているのか分からないが、誰もが急な転勤に同情してくれた。なかには、仙台支社に知り合いがいるから連絡しておく、頼ってくれと言ってくれた人もいた。ありがたいと思う。
最後に営業部フロアを見渡した。気の合わない奴もいるけれど、総じて居心地のいい職場だったと振り返る。
「お世話になりました」
同僚たちから最後のエールを背中に受けて、入社以来過ごした慣れ親しんだ場所に別れを告げた。
エレベーターの到着を待っていると、山川先輩が追いかけてきた。
「明日さ、30分でいいから早めに来いな。ショウくん連れて行くから」
「え? どこにですか?」
「東京駅だよ。見送りに決まってるだろが」
「見送り…」
「転勤のことさ、なんにも伝えてなかったんだろ? あの反応はさー、さすがにちょっと可哀想だなと思って。明日連れてくって約束したんだよ」
「ああ、」
「どうせ遠距離なんて続かないー、っつって放り出してんなよな」
「それは…」
嫌なところを指摘するなあ。別に放り出したわけじゃない。
「ショウくんいい子じゃん、敵前逃亡すんな。見送りくらいさせてやれよ」
そう言って、先輩は俺の肩をバシバシ叩いて戻って行った。
二人は昨日初めて顔を合わせたはずなのに、いつの間にそんなに仲良くなったんだろう。いつものことだけど、先輩のコミュ力の高さには脱帽するな。
音成がエントランスを出ると、白いものがひらひらと風に舞っていた。まさか雪かと立ち止まってよく見ると、薄いピンク色の桜の花びらだった。
春になったらショウと二人で桜を見るはずだったのに、もう散り始めるなんてな。
明日、ショウと何を話そうか。とりあえず黙っててごめんって謝って、言い訳して……それとも、他に隠してることはないかって、ショウを問い詰めようか。
これから先のこととか?
正直、ショウと離れることにまだ実感が湧かないんだよな。少しずつ疎遠になってゆく気がするが、あいつならふらりと会いに来そうな気もするし。
「見送りか。3月は別れの季節って言うもんな」
音成は風に舞う花びらを見ながら駅に向かってゆっくりと歩き始めた。
東京駅は平日でも混雑していた。大きなスーツケースを引く旅行客やスーツ姿のビジネスマンが忙しそうに行き来していた。
ショウは山川先輩の後ろから許しを乞うような表情で現れた。学校をサボったらしく、学ラン姿だった。
見送りに来ると聞いていた後輩の姿はなかった。先輩が上手く追い払ったんだろうな。
「じゃあ、俺は仕事戻るわ。落ち着いたら連絡してこいよな。ショウくん、またね」
先輩はショウを見て意味深な顔でニヤリと笑ったが特に何も言わず、軽く手を振って去って行った。
人で溢れるホームで運良くベンチに空きを見つけ、ショウを促して並んで腰掛けた。
「さてと」
仕切り直しにひと声発して、ショウに顔と体を向けた。次の言葉を発する前にショウがサッと片手をあげた。
「あんまり時間ないんですよね? だから、とりあえず俺のハナシ聞いてもらえますか?」
俺は黙って頷いた。
ショウは少しの間無言で、膝の上で拳を握ったり両手を組んだりしていた。何から言おうか、どこから話そうかと考えているように見えた。そして「ん、」と小さくうなずいて俺を見た。
「俺ね、転勤するって聞いてなくて。なんで言ってくれなかったのかなとか、正直いろいろムカついたけど…」
「それは……ごめん」
「うん…まあ、うん。で、昨日ナルさん帰っちゃって、そのあと山川さんに捕まって。色々教えてくれたけど。仙台は、少なくとも5年は東京に戻ってこないとか、」
「うん、それくらいかな」
表向きはひとまず3年ほどだが、実際は5年で戻れるかどうかも定かではない。人事なんてそんなもんだ。
「あと、お前はガキだって言われた。覚悟が足りないって」
「覚悟?」
「うん。お前の彼氏は社会人なんだから、これくらいのこと我慢できないならさっさと別れてしまえって」
「はは、」
ショウは面白くなさそうな顔で足元に視線を落とした。
俺は思わず笑ってしまった。正論かもしれないけど高校生相手に言うか? まあ、先輩なら言うかもしれないな。
ショウは不満げに顔をあげた。
「なんか、あの人ムカつくし。でも図星だったから言い返せなかった。それにさ、なんかストンと一瞬で納得できちゃってさ。だからあれこれ考えるのやめた。まあ、いっかって」
「いいのか? 俺の言い訳とか聞かなくても?」
「うん、いい。俺もウチのこと言ってなかったし、お互い様? それに別れるつもり無いから関係ない」
きっぱりと自信満々に宣言した。
堂々と言い切る様子に、不覚にも感動して胸が詰まってしまった。おまけにちょっと大人っぽく見える。
「でも、一応聞いていいですか?」
「何だ?」
「ナルさんって、俺のことどう思ってたりするのかなーって……」
俺にしか聞こえないくらいの小さな声でボソボソと呟いた。上目遣いに俺の反応を伺うところは年相応だ。さっきは大人びて見えたのに。
「嫌われてないのはわかってるけど。まだまだ俺の方がたくさん好きなんだけど。さすがにセフレは卒業してるよね? でもまだお試し中なのかな?」
「んん…??」
何を聞かれているのかのか分からず、ショウの顔を凝視してしまった。ほんの数秒間のことだったと思う。そして自分自身に唖然とした。これまでショウに向けて意思表示をしていなかったと思い至った、大失態だ。
「わり、俺が悪いごめん。うん大丈夫ちゃんと好きだって。セフレじゃなく、お試しでもなく、ちゃんと恋人だから安心しろって」
「恋人……っっしゃー!」
ガッツポーズとともに大声をあげた。その声に、歩いていた数人が驚いて振り返った。ショウは周囲の反応など気にする様子もなく、ニコニコと嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
「へへー恋人って響きいいなー。なのに遠くに行っちゃうんだもんな。絶対会いに行くし」
「ちょっと待て。前に駅のホームで言ったこと、覚えてるか?」
「……覚えてる、けど?」
「あれ、まだ有効なの忘れんな。俺から連絡しないからな」
「えーそんなぁ…」
「大学受験だろ。それも医学部受けるんだろ? 生まれて初めてってくらいの山場だろーが。俺は邪魔したくない。でも……そうだな、お前が連絡してくるのはOKにする」
「うーん、」
ショウは納得いかない様子で、むくれてツブツ言っている。
「条件クリアしたら、会いに行ってもいいんですよね?」
「もちろん」
「そっか、なら問題ないか。すぐクリアするし」
自信ありげにニンマリと笑った。
俺は正直なところ自然消滅もやむなしだと思っているんだよ。頑張っても、どうにもならないことがあるって知ってる。10歳分大人だからな。
でもさっき喜んじゃった、嬉しくてさ。お前なら大丈夫かもって思ったんだ。
ホームに新幹線が入ってきた。はやぶさ15号仙台行き、俺の乗る列車だ。行かないと。
二人はベンチから立ち上がった。音成はショウの腕をグッと掴んだ。
「あのアプリのこととか、他にも……いつかちゃんと答え合わせしよう。そもそも迫崎翔陽ってヤツのこと、ちゃんと教えろよ」
音成は並んだ乗客たちの一番最後に乗車した。ホームに立つショウを振り返ると、口元を歪ませて不貞腐れた様子で立っていた。
行く人と見送る人を、ほんのわずかな段差が隔てていた。
発車を知らせるベルがホームに響いた。
「ナルさん待ってて。毎日電話したいけど、声聞くと切れなくなるし……毎日LINEする。勉強もちゃんとやって、時間作ってそっち行くからさ。浮気とかしないでよ――」
シューっと空気を押し出す音とともにドアが閉まった。ショウの言葉は途切れて最後まで聞こえなかった。
新幹線はゆっくりと動き出し、窓の向こうに立つ学ラン姿はあっという間に見えなくなってしまった。
俺の感傷などお構いなしに、新幹線は北に向けてぐんぐんスピードを上げた。
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