10 潮時か…?
俺はショウに、茶碗と箸とマグカップを用意していた。
ショウが家に来るのに比例して、下着や部屋着、歯ブラシにスマホの充電器まで、少しずつ彼の私物が増えていった。なのに、メシを食べる時はいつも割り箸を使っていることに気がついた。
ちょうどいい機会だからそれをクリスマスプレゼントに決めた。
ショウはかなり嬉しかったようで、その反応は俺の想像を超えていた。
早速使えばいいのに、丁寧に洗って綺麗に拭いた後、今日は見るだけで満足だとか何とか言って、棚の上に置いて眺めていた。
「もったいなくて使えないです」
「いや、使えよ」
別に。好きにすればいいけれど、手を合わせて拝もうとするのには驚いて強く制止した。
一体なんのご利益があるというんだ。
昨日のうちに買っておいたチキンを温め、ショウが買ったパンを皿に並べた。トマトとゆで卵を切って茹でたブロッコリーと一緒に皿に乗せ、マヨネーズをたっぷり添えた。
クリスマスディナーというにはお粗末だけど、彩りはいいんじゃないか?
「うわ、美味そう。ナルさんの料理だ」
「これを料理と呼ぶな。ゆで卵はコンビニだしトマトは切っただけ。俺がやったのはブロッコリーを茹でただけたろ」
「切って茹でれば料理だし」
ショウは、ブロッコリーをつまんで口に突っ込んだ。まだ熱かったらしい。
「は、はふふ、あふい…」
「お願いがあるんです」
食後のデザートとしてケーキみたいなパンを食べている時だった。
ちなみにこのパン、ふんわり揚げパンを半分に切ってたっぷりのイチゴと生クリームを挟んだ激甘な代物だった。
ショウが神妙な顔をして座り直し、背筋を伸ばして俺に向き合った。何事だ?
「朝エッチがしたいです」
「は? 今さら?」
いつも俺が疲れてダルそうにしていたから、手を出すことも言い出すこともできなかったんだと打ち明けた。
それはお前のせいだろうと言いたいが。
机にぶつかるくらい深く頭を下げてお願いされてしまった。全く……何を言い出すかと思ったら。
久々にギュンときた。可愛いなぁおい。俺は快く承諾した。
「明日の朝に備えて今夜はセックス我慢します。ゆっくり寝ましょうね」
朝エッチの許可をもらったショウは、ウキウキしながら布団を整えていた。
広くないベッドの中でそっと抱き込まれ、トクトクと刻む鼓動を背中に感じながらぬくぬくするのは心地よかった。
ちなみに。
カーテンの隙間から差し込む明るい日差しのもと、念願の朝エッチに興奮した若い雄にいつも以上に責め立てられ、いつも以上にぐったりと怠い一日を過ごすことになったのだが、それはまた別の話。
「せっかくだから、なんでもいい。お前の話をしてくれよ」
言いたくないことは言わなくていいよ、とも言った。これまで、泊まることとセックスはイコールだった。こんな至近距離でゆったりした時間を過ごすことは滅多にない。
隠していることが多いからだろうか。始めは渋っていたが、ようやくポツポツと話してくれた。
「家は四人家族です」
ボランティア活動に積極的な専業主婦の母親と、誰もが知ってる大企業の役員クラスの父親。年の離れた姉は製薬会社の研究員として勤務していて、父方の祖父は地元で議員をしているらしい。
なかなか裕福で、キチンとした家庭なんだと簡単に予想できたが。
「俺の父親ね。頭もいいし、仕事もできるみたいだから優秀なんでしょうね。でもね、他人に対して偉そうで尊大なところがすっげ嫌」
そう言って顔をしかめた。
男子が父親に反発するのは当たり前だ。群れのリーダーは若い雄にとってジャマな存在だろうし。父親を目標にするのか反面教師にするのか。
「俺ね、医者になるんです」
「え、医者? すごいな」
「あ、正確に言うと。国家試験に合格することが目標で、別に医者になりたい訳じゃなくて」
「んん? 意味がわからん」
「えと、どう説明すればいいんだろ……俺ね、」
中学生のころ父親と大喧嘩して。何がきっかけだか覚えてないけど言い合いになって。ずっと父親の…特に自分より下認定した相手への態度がひどくて、間違ってるって思ってたから、そのあたりを指摘して。
「反抗期だったし。今もだけど」
俺の家で俺に逆らうな、誰のおかげでメシが食えてると思ってるんだ、って。中学生が親がかりなの当たり前なのに、そんなこと平気で言う人なんですよ。
俺に意見したきゃ、俺を超えてから言えって。中学生の俺には無理なの分かってて、逆らえないよう退路を断つ言い方して。卑怯だと思ったけど言い返せなくて。それがめちゃくちゃ悔しくて。
「お父さん、図星を指されたから怒ったのかな?」
「さあ。今思えばよくある親子ケンカなんですけどね」
心臓バクバクして腹はムカムカして、頭はのぼせたみたいにカッカして。今でも悔しかった気持ちだけはしっかり残ってる。
「見てろって。絶対黙らせてやるって」
「で、黙らせる方法が医者?」
「うん……父親は結果至上主義だし…」
ん? 肩に乗ってる腕が少し重くなった。ああ、眠いのか。
「どうせなら父親の物差しで測れない分野で結果出してやろうって。
俺ね、ありがたいことに勉強できるんです…もっと勉強して……医学部入って、それでね――」
ボソボソ話しながら、ついに睡魔に負けたようだ。すうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。
そっと腕を外して起き上がり、毛布を掛けてやった。ベッドに腰掛けて寝顔をぼんやりと眺めていた。
面白いな、反発の仕方が。
穏やかな性格で、皮肉や人をけなすことを言わない。全身にアンテナ張って俺に嫌われないよう一生懸命で、時々意地を張るところなんか可愛いと思う。
父親への反抗心とはいえ、こんなに頑なで意思の強いところがあったのか。
医学部入って、て。こいつ時々自分が大学生の設定だってこと忘れてるよな。あえて指摘しないけど。
――そろそろ潮時かな。
いい機会かもしれない。
引き出しから家のスペアキーを取り出して机に置いた。
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