9 クリスマス
*先の展開に影響ないんですけど、二人が一緒のところをもう少し妄想したくて。あとセルフコラボとか笑…自己満足なのですっ飛ばしていただいても。
『駅前のイルミネーション見ながら待ってます』
仕事終わり電車に飛び乗り、新宿駅を出たあたりでLINEがきた。もう着いたのか? 早いな。俺は…あと20分くらいか。
ショウと初めて会ってから半年が過ぎた。元からそうなのかわからないが、随分しゃべるようになったと思う。口調も砕けてタメ口になることも増えて、無言で頷くばかりだった頃が嘘みたいだ。懐かしい。
12月24日。
俺の家に泊まりたいというショウの希望に合わせて、待ち合わせは俺の最寄り駅にした。
駅前のイルミネーションと言うのは、いつも使う出口と反対側の北口のことだ。
ロータリーの真ん中に大きな一本の桜の木が立っていて、クリスマスのこの時期は葉を全て落とした枝に青いLEDが施され、幹の周囲には電飾のトナカイやサンタのオブジェが並び、行き交う人々を楽しませている。
今も、カップルや帰宅途中のサラリーマンが足を止めて見上げていた。
が、いるはずの男がどこにもいない。ここで待つと言っていたのに。どこに行ったんだ?
クリスマス寒波襲来と天気予報で言っていたが、その予報どおり数日前からグッと気温が下がった。今夜は風がないだけマシだが、立っているだけで足元からどんどん冷えてゆく。
「ナルさーん」
ショウがロータリーをぐるりとまわり、駆け足でやってきた。大きなリュックを背負って、手に白い袋を持っている。
「すみません、」
「いや。俺も、待たせたな」
「全然。こっち側、商店街があるんですね。時間あったしブラブラしてました」
寒いなか走ったので顔がほんのり上気している。鼻と頬が真っ赤で、吐く息が真っ白だ。手に持つ袋は意外と重そうだった。
「何か買ったのか?」
「パンです。ケーキ屋さんだと思って入ったらパン屋だった」
「あー、レンガの壁のちょっとレトロな店?」
「そーそー。ショーケース見えたんで、ケーキ買おうと思ったのに、違くて」
その店は、ショーケースにパンが並んでいて、客はケーキを買うようにパンを買うスタイルだ。以前はケーキ屋だったと聞いて納得した覚えがある。
「俺も初めての時は勘違いしたな」
「ね。すぐ出ようと思ったけど、パン美味そうだったし。今日はクリスマスだから特別だって、ケーキっぽいのも売ってて。あれこれたくさん買っちゃいました。ほら」
ショウはまるで戦利品を見せるかのように、嬉々として重そうな袋を開けて見せた。あんパンやメロンパンの他に、小さな箱にはケーキっぽいというパンが入っているのか。
それにしても、二人で食べるには多過ぎないか?
「たくさん買ったな。食べるの楽しみじゃん」
俺がにやりと笑うと、褒められた時みたいに、にこにこと嬉しげに目を細めた。
「すごいですね」と、ショウが青いクリスマスツリーを見上げて呟いた。
今どきイルミネーションなんて珍しくもないだろうに。初めてツリーを見た子どものような横顔を見ていると、なんだか嬉しくなってきた。
俺は一歩近づいて、ショウにぴたりとくっついた。体温が高いのか、彼の隣は暖かい。けれど手袋をしていない手指は冷えきっていた。その手を掴んでコートのポケットに引き込んだ。狭いポケットのなかで指を絡め、恋人繋ぎでじゃれあった。
ショウはもそもそと体の向きを変え、こちらに少し体重を預けた。
しばらくの間、二人は寄り添うようにしてじっと青いツリーを見上げていた。
「これ桜だよ。春は全体がピンクになるんだ」
「春か。まだまだ先ですね」
「また一緒に見に来ればいい」
「一緒に、」
ふふ、と吐息のような小さな笑い声。
目の前が暗くなり視界から青い光が消えた。間近に吐息を感じ、俺は反射的に目を閉じた。そっと唇が触れ、一瞬で離れた。
時間にしてわずか数秒。鮮やかに、違和感なくさらりとやってのけた。
俺はチラリと周囲に目を向けた。首をすくめて寒さから身を守るように歩く人々は、特別俺たちを気にする様子もなく通り過ぎてゆく。
ホッとして横を睨んだものの、奴はさっきと変わらず、知らんぷりしてツリーを見上げていた。
これも練習したのか? って聞くのは意地悪だからやめておいた。
ショウは背中からリュックを下ろし、柊が描かれた白い紙袋を取り出した。
「これ。クリスマスプレゼント」
「え、と…」
ここで? 目立つし恥ずかしいなと思いつつ「ありがとう」と受け取った。
「ねね、開けてみて」
「おお、わかった」
俺の反応を期待するような、ワクワクした顔で見るもんだから後で開けるとは言えなくなった。
破かないよう丁寧にシールをはがし、袋に手を入れた。ふんわりと指先に触れたのは、柔らかい…布?
「マフラーか?」
「当たり」
それは、淡い無地のグレーと紺色のストライプ柄のリバーシブルで、派手すぎずシンプルだけど上品でスーツにも合いそうだった。
マフラーとしては薄手で、しっとりした手触りは質の良さを感じた。一瞬『高そうだな』と言いそうになった。高校生の買い物じゃないな、とも思った。
でも、何も言わなかった。あれこれ悩んで考えて選んでくれたんだろうな。そして、俺の好みにぴったりだった。正直すごく嬉しい。
「いいなこれ。手触りもいいし軽いし長さもちょうどいい。ありがとな」
「よっ…しゃー。良かったー!」
大袈裟なくらい全身で大きくガッツポーズした。
「ホントは、ナルさん家で渡すつもりだったけど、さっきからナルさんめっちゃ寒そうだからさ。すぐ使ってよ」
ショウがマフラーを手に取って、首にふんわりと巻いてくれた。
「うん、いいね。へへ、すごく似合う」
巻かれたマフラーは暖かく、体の内側がほこほこして、じんわりと多幸感に包まれた。
「行こうか」
もう一度ツリーを見上げたのち、ショウを促して家路についた。
さっき。
『帰ろうか』そう言いそうになって内心驚いた。彼が家にいることが普通で、当たり前になっていたと気づいた。家の一部のように、と言えばしっくりくるか。
ここ数年は家で他人と過ごすことはなかった。学生のころは友達を呼んで騒いだり、恋人と過ごしたこともあったけど。
社会人になってからの『家』は、オンとオフの切り替えの場となった。仕事で疲れた心身を休める場であり、素の自分に戻る、リセットのための空間へと変化した。
家に他人を呼ぶと、緊張が取れず疲れた。不思議だけど、ショウに関して初めからペースを乱されることはなかったな。
そんなことを考えながら、二人で人気のない川沿いの遊歩道を歩いていた。水辺はそよそよと吹く風までが冷たい。
早く家に帰りたいと思った。彼の隣は暖かいのだ。
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