閑話 少し前のこと
*本編から省いたエピソード…
夕方、営業部フロアに戻ったのは、就業時間を5分ほど過ぎた頃だった。直帰でも良かったが、まとめておきたい報告書があった。
どすんと椅子に座り、カバンを机の上に放り投げて息をついた。
「あー…」
自席に戻ってホッとしたのか、思ったよりより大きな声が出てしまい、同僚の視線が自分に集まった。気まずい。
隣に座る後輩は、ここ数日殺気立っている。苛立った顔で睨まれてしまった。そっと頭を下げその場を離れた。
フリースペースで、缶コーヒーを飲んでいたら山川先輩がやってきた。
「お疲れー」
「先輩…」
「なによ」
「やっぱりクリーニングして返すだけにすれば良かったです」
「へ? 何のことだよ?」
「あれです。迫崎さんの息子さんの。借りたシャツのことです。新品買ったって言ったじゃないですか」
「はーはーはー。そーいえば言ってたな。返してきたのか」
「はい。帰り際に奥さんに預けたんですよ。そしたらわざわざ息子呼びに行っちゃって。それも靴履いて玄関出る寸前。んで、その息子が廊下の先のリビングからちらっと頭下げてくれたんですけどー」
「うん?」
「もーね、ひどい格好! ボッサボサの髪に丸い黒縁メガネで、そう牛乳瓶の底みたいなやつ。Tシャツの襟は伸びきってるし、膝に穴空いたよれよれのスウェット履いて。もーはっきり言ってダサイ。部屋着とはいえヒドすぎる」
「前はどうだったよ。そんなこと何も言ってなかったぞ」
「あのときは…制服着てましたね確か。顔なんか見てないし。俺、それなりに悩んで買ったんですよ。なのに…くそーマジであの息子にはもったいない! ショウにあげれば良かった! 欲しいなーって顔してたし……多分似合っただろうな」
手にしたシャツをじっと見るショウの姿を思い出した。自分へのプレゼントだと思って、勘違いしたことに恥ずかしそうで、拗ねてむくれていた。
シャツもいいけど、まずはウチで着る用にスウェット上下を買うのはどうだろう。うん、いいじゃん。
「んじゃ、可愛い彼氏のショウくんに似合うの買ってやれば?」
「もちろん、そのつもりですよ」
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