7 失敗したな
体に疲れが残り始める週のなかば。
山川先輩といつもの定食屋で昼メシを済ませたあと、社屋前の広場のベンチに並んで座りコンビニコーヒーを飲みながらまったりと過ごしていた。
ここ数日で一気に季節がすすみ、歩道の街路樹は全て黄色に変わっていた。頭上には晩秋の澄んだ青空が広がり、ハケで引いたようなすじ雲が浮かんでいる。今日は風もなく日差しが暖かい。
「は……」
小さく息をついた。気を抜くとつい思い出す。失敗したな、と冷静な今なら素直にそう思う。
『ごめんね』と言われても『いいよ』が言えない子どもだった。大人になってマシになったはずなのに、全然ダメだ変わってない。
今思えば脱衣場で俺から話しかけておけばよかった。タイミングを間違えてしまった。
俺とショウは無言のまま狭い車の中で寝袋に包まって一晩を過ごした。
夜更けからパラパラと降り出した雨が次第に本降りになった。どんどん雨脚が強くなり、車の屋根を叩く音がうるさくて眠れなかった。
当然寝不足だ。でも帰らなきゃならない。俺は体に鞭打ってハンドルを握った。雨の高速道路。眠気に抗いながらの長距離運転はかなり辛かった。
加えて、会話のない息苦しい空間と助手席から感じる視線に疲労が増した。俺が怒ったままだと思ってるから仕方がない、そんなのわかってた。
とにかく、事故を起こさなかった自分を褒めてやりたい。
いつもの駅に着いた時も雨は止んでいなかった。ショウは傘を持っておらず、車を降りてフードをかぶり屋根の下まで走って行った。こちらを振り向いてペコリと頭を下げ、しょんぼりと肩を落として駅の構内に消えていった。
その姿に胸が少し痛んだが、それ以上に体が疲労を訴えていた。車を返却し、なんとかアパートに帰り着いた時が限界だった。雨で濡れた上着も脱がずにベッドに突っ伏して、すぐに意識を手放した。
翌朝。ぐっすり寝たので体はすっかり回復し、頭もスッキリしていた。カリカリした気持ちも嘘みたいに消えていて、残ったのは最後に見たショウの後ろ姿と胸に刺さった小さな後悔の棘だった。
コーヒーを飲みながら、ポケットからスマホを取り出した。新着メッセージが何件も表示されている。
「はー……」
「どうした? 何かあったのか?」
「え?」
「ため息ついてさ。今日も朝から何回も聞いたぞ。気づいてなかったのか」
「……いえ」
『♪♪♪』
かけてきたのが誰なのか、表示を見なくてもわかる。先輩は電話に出ようとしない俺に怪訝な顔を向けた。
「出なくていいのか? 誰、ショウくん?」
「まあ」
「なんだよ。仲良くドライブ行って来たんじゃないのか?」
「え? なんで知ってんですか?」
「なんで、ってお前、先週有給取って帰ったじゃん、レンタカー予約してるからって。それくらい想像つくわ」
「そうでした。あ、お土産買ってなくてすみません」
「いや別に……。で、何? ケンカしたのか?」
「ケンカ、というか。ちょっと間違えたというか」
「ふーん?」
二度目の着信もスルーした俺をみて先輩が、呆れたように軽く肩をすくめた。
「まー知らんけど、言い訳くらい聞いてやれよ。あんまり意地悪すんな。お前さ、見た目と違って怒ると怖いんだからよ。ショウくん泣いてるかもよ」
そう言って先輩は立ち上がり、エントランスに向かって歩き始めた。
まさか。さすがに泣かないでしょ……え、泣いてないよな?
またスマホが鳴った。今度はメッセージだった。『彼氏やめたくないです』と表示。お試し彼氏の条件のこと言ってるのか。少し考えて、『わかった』とだけ返信した。
よし。一旦頭を切り替えて、とりあえず仕事だ。続きは家に帰ってから考えよう。
スマホをポケットにしまい、先輩を追いかけて到着したエレベーターに乗り込んだ。
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