告白と自殺

「侑季、おはよ!」


 そう呼びかけるのは、今年高校二年生になってからできた友達の夏目紅葉なつめくれはだ。初めて話した四月からまだ三ヶ月ほどだが、毎日話しかけてくれて、今の侑季には一番の友達である。


「おはよ、紅葉。そういえば夏休みどこか行きたいんだっけ?どこ行こうとしてるの?」


「そうそう!うーん、どこがいいかな。侑季はしたい事とかないの?」


 特にしたいこともなければ、やりたいこともない。強いていえば、母親からしばらく離れられるならどこでもいい。唯一したいことがあるとするなら自殺くらいだった。


「私は別になんでもいいかな。泊まりでどこか遠くに行きたい感じもする」


「泊まりかー。お父さん許してくれるかなあ。彼氏か?彼氏か?ってずっと聞かれそう」


 お父さん、という響きはもはや懐かしかった。私もお父さんがいたら、今はもっと穏やかな生活をしていたのかもしれない。こんなことをぼんやり考えていると、


「あっ、ごめん!侑季のこと考えてあげられなかった。上手く掛け合って泊まり絶対しようね」


 気遣いができて、やさしい友達だなと思う。本当に自分なんかに勿体ないくらいに。


「私もお母さん許してくれるかわかんないし、できたらでいいよ」


 もちろん、自分の親が許してくれるはずもなく、出かけるなら無理やりにでも家を飛び出して行くつもりである。紅葉は日々受ける虐待を知らず、紅葉含め周りには虐待を悟られないためには良い親だと自慢している。他の人にこのことを言ったら殺すと昔から母親に脅されているのだ。


「えー、でも侑季のお母さんやさしいんでしょ?大丈夫じゃないかなー」


 本当は優しくなんかない。大好きな紅葉にはそう伝えたいこともあった。


「あ、あ、えっと。そうだね!お母さん許してくれるといいな!」


 いきなりのお母さんという話題に焦っていると、紅葉は隠してることがあるのを察するかのように、侑季の頭を撫でこう言った。


「大丈夫だよ。私も止められても絶対侑季と遊びに行くから。だから楽しみにしてて」



 あぁ、大好きだな。そう思った。紅葉がいると安心する。紅葉がいてくれるおかげで心が楽になる。


「ありがとう紅葉、私もすっごく楽しみ」


 キーンコーンカーンコーン。ありきたりなチャイムが鳴り響き、今日もホームルームがはじまる。




 学校帰り、今日の侑季には寄りたい場所があった。参拝すれば恋が宿るといわれる近所で有名な響恋神社というパワースポット。しかし、それは建前で、響恋神社の奥側には吊り橋があって、そこを進むと自殺の名所がある。そこの下見が目的だ。


「え……?」


 響恋神社に到着して間もなく侑季の目に映ったのは、どこか寂しげな顔をした紅葉の姿だった。


 紅葉、と駆け寄ろうとしたが、何か忙しなく階段を登っていってしまった。侑季は悪いことしてる気分にはなりつつも、心配が勝ってついて行ってしまう。

 すると少し奥の方まで行くと、紅葉は男性と話していた。あぁ、ここ響恋神社だもんな。そう思った。紅葉だって、恋をするよね。私とは目的も違うんだって、内心ホッとした反面、自殺の下見にきてる自分がとても虚しくなった。


 そう思っていた矢先、紅葉は吊り橋の方に向かって早歩きをしはじめた。

 結局動向が気になって、その奥に予定のある侑季は紅葉に隠れてついていく。すると、途中で紅葉の足が止まり、


「さっきから後ろにいるのはだれですか?」


 と尋ねる。一瞬気付かれていたことに躊躇うも、


「私だよ、紅葉。たまたま通りかかったら紅葉がいたから、何してるんだろうって気になっちゃって」


 なんだ侑季か、と振り返る紅葉。でもいつもの明るい紅葉とは違い、少しやつれた姿の紅葉がそこにはいた。


「どこまで見たの?」


「え……?男の人と一緒にいるところからかな」


「話聞いてたの?」


 いつもと違う冷淡な、若干の怒りを見せている紅葉の前に恐怖心を抱き、自分の誤ちに気付く。


「ごめん……話は聞こえなかった。でもね、紅葉のこと大切だから、この辺自殺の名所で有名で心配になってついてきちゃった」


 あくまで、紅葉がいたからという体で。怯えながらも、できるだけ冷静に。


「まあいいや。侑季には話しておかないとね」


 そう言って、紅葉が話し始める。


「私、さっきの人に身体売ってるの」


「え?」


「さっきの人に毎週抱かれてる。本当は私親いないんだよね。だからお金が必要で、でもうちの高校バイトダメじゃん?何回もバイトしたけど怒られて結局辞めちゃった。軽蔑した?私のこと」


 ずっと紅葉のこと、羨ましいと思っていた。温かい家庭に恵まれて、穏やかに育って、気遣いのできる余裕がある。そういう人だと思ってた。でも実際は違った。学校だからという理由で、私と同じように素性を偽り、見栄を張って生きている人種。一種のキャラクターを自分の意志で動かしてロールプレイをしていた。


「ううん、してないよ。続けて」


 軽蔑はしていない。私にはそれを否定する資格はない。できないのだ。


「私はセックスがしたいわけじゃない。でもお金はほしい。だからいつも死にたいって思ってる。今日は下見に来たの。ここ自殺スポットらしいじゃん。違かったらだけど、侑季もそれ目的じゃないの?」


「どうして……」


 気付かれていた。できるだけ完璧に振舞っていた。バレないように、悟られないように。


「わかるよ。親を自慢する子なんて、本当に優しくされてる幸せな馬鹿か、見栄を張って生きてる子しかいない。私も誰かに援交がバレて色々言われるのが嫌だから、お父さんの自慢はよくする。存在しないお父さんに愛されてるんだって、そういうキャラ付けで愛想振り撒いてる。侑季って虐待されてるよね」


 なんでわかるの、と言いかけると紅葉は腕にある痣を指して言う。


「そこも、そこも、そこも。明らかに人の手が加えられた腕の痣とか、顔の傷とか、体育の時とかに見たけど足も結構怪我してる。父親がいなくて優しい母親がいるのに、どこでそんなに傷を負う場面があるの? みんな平和ボケしてるから信じるかもだけど、バレないように取り繕ってる人間からしたらすぐわかるよ」


 全てバレていた。これがバレたら私は殺されちゃうのに。親からの呪いが、胸に突き刺さって離れない。殺されちゃう、どうしよう。バレた、バレたバレたバレた。殺されちゃう。


「お願いもうやめて、私のお母さんはとてもやさしいんだよ!」


「なら最近、優しくしてくれた思い出あるの?」


 なかった。そんなものは一切。金がないなら体売れ。ずっとそう言われてきてて、この間も母親の職場の人に売られそうになった。一度最近謝られたこともある。そのときに嬉しくて、気分転換に出かけようって言われてついていった。そしたら五十代の男性二人にセクハラされ、身体を使われた。最低な記憶しかない。


「ないだろうね、幸せな女って感じしないもん侑季。何もない、空っぽって感じ。この夏さ、侑季と一緒にたくさん出かけたい。八月入ったら一緒に家出て、お金尽きるまで遊ばない? それなりにはあるよ」


 やっぱり大好きだなって。母親に殺されるのは嫌だけど、それでも。今は紅葉と一緒にいたかった。


「私も紅葉ともっと一緒にいたい。紅葉だけは、私の味方でいて。私も紅葉の味方だから」


 らしくないのにかっこいいとこあるね、と紅葉。


「でも、この夏終わったら、私死ぬよ」


「うん」


「侑季は最後まで一緒にいてくれる?」


「死ぬ時は私も死ぬよ」


「ありがと。はやく夏にならないかな」


「紅葉、今日は一緒に帰ろ」


「うん!」


 生きることが全てじゃない。死ぬのもまた人生だ。それが誰かと一緒なら、死ぬのもまた楽しみに変わる。そう考えた方が幸せだと思った。私たちは、この夏を最後に二人で死ぬ。思い出を沢山つくって、私たちは死ぬのだ。誰も見ることのない私たちの記録を、写真に収めて。



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この世界に生まれて幸せでした 北川夏火 @natititti

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