プロローグ

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。許してください。ごめんなさい」


 ごく普通の、どこにでもあるような家の中で、小さな女の子が泣きながら、目の前で睨む母親の前に居座っている。少女は母親が大事に手入れしていた花瓶を割ってしまっていた。


「自分が何したか本当にわかってる? いつもの腹いせでやってるの?」


 少女のすすり泣きに合わせて、母親の佐知子は怒りを顕にする。そして立ち上がり、ゴンと音を立てると同時に少女の顔を殴る。


「いつも躾てやってるのに追い出されたいの? 身体でも売って弁償してもらうから。わかったら近所であんたなんかを買ってくれる人を探して今日中にお金返して」


 そう言うと半ば強引に少女の手を引っ張り、玄関まで引きづる。泣き叫ぶ少女を乱暴に扱い、外に放り出す。


「やだ、ごめんなさい。本当にごめんなさい。なんでもしますから、私を売らないでください」


 今年で九歳になる少女は、四年前に父親が失踪し、精神に病んだ母親の一方的な暴力に毎日耐え続ける生活を送っていた。


「だからなんでもするなら、身体でも売って誠意見せなよ。あんたのその歳じゃ、児ポが怖くて誰も手出せないと思うけど」


 そういって、玄関の扉を強引に閉め、少女は一人、夕日が落ちたくらいの時間に追い出される。

 そうして少女、侑季は玄関に泣き崩れる。そこでようやく少女は気付いてしまう。目の前にいた人間が、もう昔の母親ではないこと。目の前にいた母親だったモノが、私を道具としか見ていないこと。そして自分が死んでしまいたいこと。


「もう、どうでもいいや」


 少女は暗い夜道に歩いていく。手当り次第、弁償のために身体を売れる人を探して。


「すみません、今年九歳になります。私の身体、買ってくれませんか?」


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