第15話 事件の記録とその後

「糸君!? 大丈夫?」

 真っ先に視界に飛び込んだのは血の気の引いた咲良の顔だった。


「——ああ、なんとか、ここはどこ?」

 劇場で映画を観ていたはずなのに今は質素なソファーで寝ていたようだ。

「映画館のスタッフルームだよ。糸君が気を失ったからここに運び込まれたの」


 ゆっくりと上体を起こすと、周りを確認する。机とロッカーが並べられて、壁には映画のポスターが至る所に貼ってあった。

「そうか——ありがとう」

 他のスタッフは出払っている様で、室内には咲良と糸しかいない。どのくらいこうしていたのかや、自分が気を失った時の事など聞きたいことはたくさんあったが糸はあることを確認する。


「咲良、スマートフォンを貸してくれ」

 頭痛がする中で、声を振り絞った。

「え? いいけど、はい」

 スマートフォンを受け取った糸であるが、使い方が分からない。


「調べたいことがある場合、どうすればいい?」

 咲良はきょとんとしながら、スマートフォンを糸から返してもらう。

「私が調べてあげる。何が知りたいの?」

 思い出した事と、不可解な事を確かめたい。

 かつて仲間だった奴らに裏切りがバレて、人質と一緒に時限爆弾が置いてある金庫内で監禁された。自分が爆弾を解こうとしたが失敗して、自暴自棄になっている間にカウントが終わり金庫内は地獄と化した。


 あの金庫内で生き残った人はいるのか、なにより自分は『久遠の蟬』カナリアなのに捕まっていないのか、そして爆発の被害を抑えようとした人は何者だったのか気になった。


「東京で起きた、銀行強盗事件。恐らく2年前だ。たぶん爆発事件が一緒に起きているはず。それでわかるかな? 頼む早くしてくれ」


 すると咲良は調べる前に顔を上げた。

「それ知ってる。確か何人かの犠牲者が出た悲惨な事件だったよ」

「それだ、詳しく教えてくれ」

 咲良は頷いたが、正確な数字は憶えていないのか一度スマートフォンを操作する。


「あ、すぐ出たよ。2年前の8月17日の出来事だね。都内にある▲銀行に犯罪組織『久遠の蟬』の構成員4名が襲撃した。襲撃犯は銀行員やその場にいた客を人質に取り、金庫内にある現金約5億を強奪した後、人質を数十人金庫内に閉じ込めて、用意していた時限爆弾装置を残し逃走。その結果金庫室で爆発が起きて12名の重軽傷者と3名の死者を出した事件」


 犯罪組織が計画的に強盗成し遂げただけではなく、金庫内で一般人を閉じ込め、そこに強盗団が残した爆弾を発動させるという残忍極まりない大事件は当時日本だけでなく世界的にも騒がれた。

『久遠の蟬』は長年日本の警察が注目していた組織にも関わらず、長年野放しにしたせいで大事件に発展したとメディアは官公を叩き、すべて未遂で終わったが模倣犯も現れたことで銀行の信頼も失い預けていたお金を返してもらおうと一時取り付け騒ぎも起きたほどだった。


 こうして事件を客観的に聞かされた糸は咲良の話を黙って聞いた。

「そうか——亡くなった人の名前はあるか? その人の詳細を教えて欲しい」

 咲良はその答えを探す。

 銀行強盗に出くわして反抗した後金庫に入れられ、最後は自分を慰めてくれた勇敢な刑事九条と、名前も言わなかった屈強な男は恐らくみんなを庇ったせいで亡くなってしまった犠牲者だろう。


 あと一人は誰なんだ。金庫内にいた人質全員を把握していたわけではないが知りたかった。

「見つけた。1人目は警視庁捜査二課の刑事の九条智明さん、2人目は大東海大学ラグビー部キャプテンの大垣勝さん、後は——身元不明……12~16歳の男性だって」


「え?」


 糸は耳を疑った。

「そう書いてあるよ、ほら。当時同じ年頃の男の子が亡くなっていたんだね……悲しい」

 スマートフィンを糸に見せると咲良はやるせない顔を浮かべる。

 あの金庫で閉じ込められていた人間で一番若いのは糸だったはず。だとしたら、その身元不明の死体は誰なんだ——


 カナリアである自分の行方と、身元不明の死者、糸は一つの解を見つける。

「なるほどな」


「急に目を醒ましたらこの事件について気になるなんて、どうしたの?」

「ちょっとね——今日は気分がもの凄く悪いからもう帰るよ」

「うん……見れば分かるよ。私こそ映画に誘ってごめんね、家まで送ろうか?」

「咲良のせいじゃない。大丈夫だ、一人で帰れる」


 すべてを思い出した糸は自宅へ急いだ。

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