第13話 銀行強盗の日②
犯罪組織『久遠の蟬』それが糸の所属していた組織の名だ。その活動は詐欺、売春斡旋、麻薬取引といった反社会的組織が活動する領域だけでなく、役人の誘拐や爆破予告など政治転覆を狙ったテロリズムなど国の根幹を揺るがす活動も組織的に行っている。
糸はその組織の中で暗殺、密偵、先陣特攻などいわば戦闘員として所属していたが、子供だという事もあり立場はずっと低く、組織の事務所の掃除用具をねぐらとしていた。
そんな組織にカナリアとして糸が所属していたのは赤ん坊の頃親に捨てられ、拾われたのが『久遠の蟬』の一員であるドリルだったからだ。
ドリルは公園で捨てられていた糸を拾い、事務所に持ち帰った。それからドリルが父親代わりとなり立場上学校に行けない糸の教育係として育て、他にスリや戦闘術などはエレキやコクバンも教え、組織として使える人間に育成されていた。
今までカナリアが戦ってきたのは敵対する反社会的組織に所属する人間だけであるが、殺しもしてきた。裏世界に潜む住民たちからは『血に染まった〈カナリア〉』として知られている。
糸自身、スリや喧嘩は好きであったがどうしても殺しだけは好きになれなかった。時に人をも殺すことを強いられる糸は組織に嫌気がさしていた時、銀行強盗の手伝いをボスに命令され、銀行強盗を利用して逃げだす計画を立てる。
銀行から奪った金は全額『久遠の蟬』の活動資金となり、子どもで戦闘員の糸には少ない金額しか手にはいらない。だから、組織の金として奪われる前に糸が金庫から金を奪い、どこかに隠しておく。それを後日回収して逃げ出せばいいと考えていた。
糸は、仲間の目を盗み札束を掴めるだけ掴むと、黒いごみ袋に放り込み、トイレについている窓から外に投げ捨てた。
後で取りに行こう——
逃げるには十分すぎる金を手に入れた糸は逃走後の生活を考えながら持ち場の金庫に戻る。
ドスッ——
そんな音と共に何かが糸の脳天を揺らす衝撃が走った。
誰に攻撃された!?
いつもならこんな不意打ちはもらわないのに背後を突かれた。
糸は衝撃で地面に体を叩きつけられながらも殴った人間の顔を見た。
そこにはガラス製の灰皿を持ったドリルの姿があった。
「なにすんだよ——」
「やっぱりな、逃げ出す気だっただろ? がっかりだよ」
金庫から金を横領して、組織から逃げ出す計画は気が知れた仲であるドリルは分かっていた。
「俺が殴られた……何をしたんだドリル」
糸に迫る危険は予知できる、不意打ちは効かないはずであったが、背後から襲うドリルの殺気には気がつかなかった。計画がバレたことよりも、その事実に今は驚いていた。
「一緒に生活していたから、俺が放つ危険は探知しないんだろうな」
頭を殴られた衝撃で糸はうずくまっていた。その隙にドリルは糸の戦意が失われるまで顔や腹、背中を何度も執拗に足で蹴りつける。
ドリルに蹂躙され、弱った糸は金庫で人質が捕らえられている所に放り投げられた。
ごみの様に捨てられた糸は腫れた目でドリルを見る。
「——俺が逃げようとしたことを知っていたんだな?」
その質問に答えるためドリルはしゃがみこむ。
「俺はお前の父親の代わりとして2歳の頃から育ててきた。気づくに決まってんだろ」
犯罪技術を糸に教えるドリルであるが、自分を捨てた両親よりはマシだと思い、父親として尊敬している気持ちもあった。
気を許した相手だからこそ計画を知られて失敗に終わってしまう。
「ドリル——ごめんなさい。もうこんなことはしない」
逃走の失敗を悟った糸は、裏切りをなかったことにしてもらおうと懇願する。するとドリルは糸の体を弄り、スタンガンを取り出すとスイッチを入れて糸に浴びせる。
「ああああああああああああああああ」
金庫中に糸の悲鳴が響き渡る。
囚われていた人質は、強盗が仲間割れをしている所を目撃しているが、大人が子供に躊躇なく暴力を振るっている光景に恐怖するしかなった。
「ドリル、その辺にしておきましょう。それより金の方は十分ですか?」
その声を聞きつけたのかコクバンが現れた。何故か意識が朦朧としている男性一人が金庫に連れてこられている。
「ああ予定通りの金額を詰めて逃走車に入れた。その男はなんだ?」
ドリルが怪訝な目で男を睨み「刑事か?」と勘を働かせた。
「正解です。どうやら今日は休みらしくてたまたま銀行にいたみたいです。大人しくしておけばいいのに、隙を見てエレキに殴りかかってきたそうで」
「こいつにとっては不幸なことだ……エレキは無事なのか」
ドリルは慌ててエレキの具合をコクバンに聞いた。
「顔にけがをしてしまいましたが、なんとか銃を使って男を取り押さえてくれました」
コクバンが金庫にいる糸の横に男を投げ込んだ。糸は男の様子を見ると肩のあたりに銃で撃たれた傷を確認した。
「それはこの後病院に行かないとな。はやく逃げよう」
仲間を想うドリルは最後の一つとなったボストンバックを拾い上げた。
「しかしいいのですか? カナリアはここで捨てて——ドリルは父親ですよね?」
コクバンは冷たい目で裏切った糸を見つめているが、糸を殴ったドリルにも父親としての情はないのかとその視線を浴びせていた。
「父親としてのけじめだ。カナリアがおむつを履いている頃から知っているし、立派に強くなってくれたことを誇りに思う。だけど——仲間を裏切ることは絶対に許さない」
「よく言ってくれました。そう言わなければ私がドリルを撃っていたところです」
組織への裏切りは決して許されない。糸は悔しいほど理解した。
捨てられた自分を拾ってくれたドリルには感謝している。だから組織に尽くしてきた。しかし、もう人なんて殺したくない。我儘を言えば普通の生活を送ってみたかった。この悩みを父親代わりのドリルにいればなんとかしてもらえると思う時期もあったがドリルにはカナリアに対する愛なんて一切ないことを気づかされた。
「俺をここで殺す気か?」
「そうなるな、だけど俺はカナリアをちゃんとお前を愛してたぜ!」
気持ち悪い——
軽率に組織を裏切った事、ドリルを慕っていた事、そしてなによりあの日ドリルに拾われたことを後悔して、糸は泣いた。
「なら、早く俺を殺せよ」
歯を食いしばりながらドリルを睨みつける。味方の居ない世界、早く殺して欲しかった。
「もちろんそうしたいが、子ども一人の死体だけ残るのは不自然だ。だから金庫の中にいるみんなと死んでもらう」
「は?」糸の頭がまっさらになる。
「コクバン、よろしく」
するとコクバンは糸が車の中で見つけたアタッシュケースを金庫の入口に置いた。
「その爆弾は偽物だろ」
ドリルの話では封鎖された銀行から勝手に出ないように、警察に連絡されないように脅しとして使う物だ。
「残念ながらこれは、車の中で伝えたような脅し目的の品ではありません。本物です」
アタッシュケースを淡々と開けると、中には無数の銅線と電子基板が詰まっている光景が待っていた。コクバンが少し中身を弄ると、正面に取り付けられているボードにデジタルの数字が表示される。
「5分後に爆発しますので、最期の時間をお楽しみください」
コクバンはもう一つのスイッチを入れると、一秒ごとに電子音が鳴り始める。カウントダウンが始まっているのが金庫内に囚われた人たちに伝わる。
「いやああああああああ」
囚われている女性がヒステリックな声を上げると、コクバンは舌打ちをして金庫を後にする。
ドリルも後を去ろうと金庫を出る時、最後に糸の顔を一目見ようと振り返った。
「じゃあな、カナリア。お前と過ごした日々は楽しかったよ。出来る事ならカナリアの好きなように生きて欲しい。だけどお前が逃げ出したらボスが危険になる。だから俺はカナリアを殺すしかない。この葛藤が分かるか?」
自分に言い訳をしているような言い草に糸は一層腹が立った。
「ここらから出たら、ちゃんとお前らを殺すよ」
殴られ、電流を浴びせられた糸には戦意は残っていない。しかし、頭の中にあるのは仲間に対する復讐の気持ちで歯を食いしばり、口内から血が出ていた。
「そうか、せいぜい頑張れよ」
ドリルは目差し帽を脱ぐと、にんまりとピエロのような微笑みを糸に見せる。
憎き顔を焼き付けている間に、扉が閉まり、金庫の錠が閉じる音がした。
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