第12話 銀行強盗の日①

 今朝見た夢は、かつての仲間と実際に行った犯罪だ。


 カナリアと呼ばれていた少年、糸は銀行強盗をするために真っ先に車を降りて真っ先に銀行の入口に向かった。


 糸の仕事はまず警備員を無力化すること。

 銀行に入り入口にいた警備員と向かい合うと「口座を開設したい」と少年の笑みを浮かべる。

「それなら一番の受付に行きなさい——だけど親御さんはいるのかな?」

 愛想笑いを浮かべる警備員がその窓口の方へ振り向く。相手の警戒心がないことを確認すると糸は警備員の死角から忍ばせていたスタンガンを首元に浴びせた。


 警備員が叫ぶ前に糸は口元を抑えて黙らせる。

「いいぞ、こい!」

 糸は車で待機している仲間を呼び店内に入れる。銀行の中にいた人はまだ異常事態に気がついていない。


 仲間が全員銀行内に入ると、気を失っていた警備員の腰にかかっている鍵を拝借して自動ドアの電源を切り、シャッターを閉めた。その音でやっと銀行内にいる人間は異常事態に気がついたが、まさか銀行強盗だとは思ってもないようで立ち竦んでいた。

「平和な奴らだよな……まったく」

 糸は呆れながら店内が見渡しやすい、客が事務手続きを行う机の上に立ちながら仲間の様子を見る。


 銃を掲げて何発か天井に向かって威嚇発砲をする目指し帽の男。一見すると誰だか分からないが、ずっと一緒に活動した糸には分かる。モヒカン頭のエレキと呼ばれている男だ。


 突然の銃声を聞いた銀行員や客は一斉に悲鳴を上げると、自然と大人しくひれ伏す。何人か抵抗したり出口がないのに逃げ出そうとする者もいたが、エレキが銃を向けて脅迫している間に糸が気配を消して背後から結束バンドで拘束した。

「いいねえ、カナリア。俺とのコンビネーションはばっちりだな」

 エレキはいつもはしゃいでいるが、今日は一段とテンションが高かった。

「うるさい。コクバンは早く鍵をとれ」

 糸はそう急かした。


 目出し帽の上から、意地でも黒縁眼鏡をかけているコクバンは糸に言われ、窓口の奥にいる白髪が混じった男の元へ駆け寄り金庫のカギを要求する。

「すぐに終わりますから、それまでは大人しくしておいた方が良いですよ」

「こんなことやめておけ。絶対に成功するわけない」

「私にとっての失敗は持っている銃でこの銀行を血の海にしてしまうことです。それだけは避けたいですよね? お客様や従業員を守りたければ私に渡しましょう」

 管理職級の男がコクリと頷くと、金庫のカギをコクバンに渡した。


 現場の交渉や判断はいつもコクバンに任せている。エレキであれば話になっていないだろうし、ドリルだったら銀行員のあの抵抗だけで癇癪を起していることだろう。

 あまりに冷静沈着な振る舞いをするコクバンは、銀行員と同じような風格があったが、手に持った拳銃はしっかりと握られており、警戒は怠っていない。


 コクバンは銀行員から受け取った鍵をドリルに渡す。

「カナリア、ドリルが金を運び出している間に人質を金庫にいれなさい」

「了解」

 糸は結束バンドで拘束した人質を適当に10名ほど選んで金庫へと連行した。糸だけが目出し帽を被らずに金髪頭を晒しているため、子どもに見える糸を舐めてかかり罵倒する客もいたが、引きずってでも金庫に運んでいった。彼だけが目出し帽をしないで素顔を晒しているのは、こうやって自分だけが目立つことで他の仲間に注意を向けさせない狙いもある。


 金庫に人質を連れてくると金を早速ボストンバックに詰めているドリルがいる。顎の先端に螺旋状のひげを生やしているのがチャームポイントであるが、当然目出し帽で分からない。


 今はもう一つの特徴、小太りだけが強調されていた。

「おいカナリア、こんな大金見たことないだろ!」

 汗水を目出し帽に染み込ませながら金を詰めるドリルであったが声色は嬉々としている。

「これが今後組織の金になるわけか」

「もちろん俺たちも報酬が貰える、終わったら何か美味しい物でも食べに行こう」

「三段タワーのアイスがいい」と糸が言う。

 ドリルとカナリアは血縁関係にはないが、未成年のカナリアの保護者役をドリルがしており2人は親子みたいな関係であった。


 人質を金庫に監禁した糸は一通りの仕事が終えると、仲間がまだ仕事していることを確認する。車の中では大人しくしていた奴らだったが、一度騒ぎ出すと手をつけられない仕事ぶりをしていた。こうなったらもう誰も止められない。

 銀行強盗に参加しているメンバーはここにいる奴らのほかに、銀行まで仲間を送り、金が入ったボストンバックと仲間を迎えて逃走する運転手だけだった。


 糸はいつもコクバンを中心とした5人のメンバーと共に生活しており、都内のあるビルの一室を借りてそこを活動拠点としていた。

 いつも仲間と一緒にいるからこそ計画は余裕だと思えたし、他に仲間がいても余計だと思うくらい信頼している。

 仲間の姿が見えなくても、いつどこで誰が何しているのか何度もシュミュレーションを重ねていたため糸には把握できた。そして実際皆、無駄な動きが一切ない。


 ドリルが金を裏口に運び込んでいる間、金庫内は人質と糸だけになる。

 糸は金庫室で大金を改めて見つめた。

「これがあれば、どこにだって行ける」

 糸にとってはまだ一仕事残っている。これが何より需要であった。


 犯罪にうんざりしていた糸は組織から脱走を図る気だった。

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