糸の過去と罪

第9話 夢で起きる事件

 糸はその夜、夢を見た。

 日中、東京都内のオフィス街に立ち並ぶとある銀行の入口の前に一台のワンボックスカーの車が止まった。


 正面以外ガラス窓が黒いフィルムで覆われ、外から中を覗けないが車の中には5人の男が詰められ、車内は電子機器や物騒な重火器が並べられているせいで窮屈であった。


「カナリア、いいか最後の確認だ。お前の仕事を言ってみろ」

 指を差されたのは車内にいる人たちの中では一番若い、少年という見た目をした人。髪は不自然なほど明るい金髪に染められ、襟足は首を通す袖口まで伸びており、日の当たる所で生活をしていないとはっきりと分かる青白い肌は少し奇妙だった。


 カナリアは猫背になりながらゆっくりと答える。

「俺が入口にいる警備員を押さえたらドリル達を呼ぶ。お前たちが入ったら正面の入口を封鎖する。後は結束バンドで客や銀行員を縛って人質を取り押さえ、そいつらを適当に金庫に押し込む。その時暴れている奴がいれば俺がお仕置する」

 横に座るドリルと呼ばれる男はカナリアの頭を撫でて誉めた。


「それでいい。大した計画じゃない」

 触られることにカナリアはあまりいい顔をしていなかったが大人しく受け入れている。

「銀行を襲う手伝いをするのは始めてだ。俺に出来るのか?」

「いつもお前が相手しているやつよりずっと弱い。むしろお前が退屈しないかが心配だぜ」


 カナリアは車内から銀行の入口を覗く。下調べの通り入口に立っている警備員の体躯が良いが、どこか緊張感が抜けている様に見えた。

 カナリアは車内を見渡すと、計画では聞いてないとある物が目についてしまう。

「なあドリルこれはなんだ?」

 現金を入れるアタッシュケースかと思ったが、ケースの周りには何本ものコードがまとわりついているのが気になったようだ。

 するとドリルはそれを持ちあげ後部座座席にいるモヒカン頭をした仲間に渡した。


「これは爆弾だ」

「爆弾!? どうしてそんなものが必要なんだよ! 計画は銀行の金を奪い、警察が来る前に逃げる。だろ?」

 カナリアは狭い車内で声を張り上げて、爆弾を使うことを拒絶した。

「まあ、落ちついてくれカナリア。その計画を成功させるために急遽必要になったんだ」

 ドリルはカナリアを諭した。

「人を傷つける機会は、警備員を襲う時と、強盗中行内にいる奴らが勝手に警察を呼ばないように俺たちが人質を拘束する時だろ。爆弾なんて用意して何をするつもりだ」

 カナリアは銀行内の支配権を得るために最低限暴力を行うことは認めている。計画にないことを伝えられ不安が襲ったが助手席に座っていた男が振り向き、優しく声をかける。


「そんな不安な顔をしないでくれ、私が考えたんだ」

「コクバンの策かよ」

 眼鏡をかけており、これから強盗という悪事をする見た目というよりも、銀行の中で働いていそうな堅物そうな見た目の男だった。

「すまない、昨日カナリアが寝た後に考えたから言う時間がなかった。これを人質が入った金庫の入口に置いておく。銀行の奴らには『俺たちが安全なところに逃げるまで、監視カメラで銀行内を見ているから。電話をかけたり、人質を金庫から出すような事をしたら爆弾が作動する』と脅しておけば何もできないだろ? あくまでこれは脅すだけだ。中身は爆弾じゃない」

 それっぽく見えただろと、コクバンは少年の様に笑う。


「なんだよ、驚かすなよ」

「まあ驚くのも無理はない。私の自信作だ」

 どうやら脅すための偽の爆弾を作ったのはコクバンという男の様だ。

 カナリアはもう一度偽の爆弾を確認しようとするが既に仕舞われている。

「——これも全部ボスの指示なんだな?」

 カナリアはドリルに確認をした。

「ああ、あの人の指示を聞いていれば誰も死ぬことはない。お金持ちが散々ため込んだ銀行にある金をちょっぴり奪う」

「ちょっぴりって……目標は5億だろ」

「ああそうだ。それだけあれば好きな事は何でもできる。どうだ、楽しそうだろ?」

 ドリルの顎の先端にはどういう法則が働いているのか分からないが、らせん状の髭がついており、それを愛でる。


 仲間から「楽しそうだろ?」と問いかけられてから、カナリアはうずうずとし始めた。

「よし、じゃあ行ってくる」

 カナリアは勢いよく車の扉を開けた。


 ————目が覚めた。

 糸は上体を勢いよく起こす。目覚ましをかけた設定より少し早く起きた。

 背中にはさわやかな朝に似合わない、びっしょりとした汗がTシャツに染みついていた。

「一体何だったんだ——」

 頭を押さえているとちょうど目覚まし時計が騒いでいた。

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