第6話 初戦闘にしては相応しい
学校を出た咲良と糸は渋谷センター街にあるハンバーガーショップで氷が解けきったジュースを飲んでいた。さっきまで着ていたパーカーは使うときまで厳重にしまっておけと咲良に言われたため、今は鞄のなかに収納されている。
時刻は午後18時過ぎており、窓ガラスから外の景色を見ると街灯の明かりに道路が灯され始めていた。
夕食は自宅で食べないとまずいなあと、不意に家族の約束が過る。
「今日はもう帰ってもいい?」
「ダ・メ」
存分に溜めて言う咲良に調子を崩される。
かれこれ1時間以上は咲良と糸は窓辺のカウンター席に座っている。咲良は街に出ると言ったものの事件と探すため出歩くことはせず、退屈そうに窓ガラスから景色を見ては、時よりスマートフォンを覗いている。
ここで張り込みをしているのは少し効率が悪い気がした。
「ここでのんびり騒ぎが起きるのを待っているより、街中を歩いて事件を探した方がいいんじゃない?」
糸は咲良に思い切って提案した。
窓ガラスから望めるお店の前は大通りとなっており夕方になるにつれ混雑している。大通りで騒ぎが起きればすぐに分かるし糸と咲良はお店を出て駆けつけられるが、それよりも足を使って街を歩きパトロールした方がいい。
すると焦る糸を見て咲良はまあまあと諭す。
「私が見える範囲で事件が起きるのを待っていると思っていたの?」
「うん」
咲良はクスリと笑った。
「そんな悠長なことはしないよ。私は確かにここでコーラを飲みながら事件が起きるのを待っているだけど、ちゃんと理由があるの、それはね——」
リリリリリリリリリリリ——
説明の途中テーブルに置いてあった咲良のスマートフォンから着信音が鳴った。初めてその音を聞いた糸でも何かあった時の警報音であることが分かるほどの大げさな警報音だった。
咲良は「ようやくきたね」と目を光らせながらスマートフォンに耳にあてる。
「——オッケ、ありがとうここからだと走れば3分くらいかな? 準備出来たら行くね」
咲良は今電話している人物から連絡が来るのを待っていた。そしてついに事件が発生したのだと、糸は理解した。
「————」
電話の向こうの人物が何を話しているが糸には聞き取れない。
「気をつけまーす。それに今回は大物助っ人がいるから安心してよ、カイト」
『カイト』という名前を聞いて相手は男性だろう、どうやら咲良を心配する人間は他にもいるみたいだ。
咲良は電話を切り終えると、紙コップをと鞄を持って勢いよく立ち上がった。
「事件発生、すぐに戦闘服を着て現場に行くよ」
いよいよ始まるのかと覚悟を決めて、鞄の中から戦闘服を取り出す。咲良は着替えるためトイレに入っていった。
ハンバーガー屋を出る時には既に咲良はネオンブルー、糸はパステルピンクの戦闘服を着ていて、顔がバレないようにフードをしっかりと被り、口元は不織布マスクをつけた。
『カイト』という人物から教えられた騒ぎの現場まで人混みをかき分け疾走する2人は街を行き交う人の目にとまりやすい。
だけどカルチャーの発信地である渋谷は糸や咲良より前衛的な服を着た人はたくさんいる。
ちらりと珍し気な目で通行人は咲良たちを見るが、気に留める者や、話題にする者はいなかった。
着替えに時間が取られ、人込みをかき分けて移動していたため『カイト』が言っていた現場に到着するまで5分以上かかってしまったが間に合ったようだった。
場所はカラオケ屋やゲームセンターが立ち並ぶ通りから入ったところの路地。薄明りが灯る街灯の下で騒ぎは起きていた。
そこにはぬいぐるみを持った大学生くらいの男性2人と、制服を着ている女子2人がいる。
女子の着ている服は糸が通学する時にもよく見かける、女子高の制服である。
「こんな路地で悪そうな男が女子をたぶらかしている。私達の初戦闘には相応しいね」
まだ向こうはこちらに気づいていないため、咲良は糸の耳元でぼそぼそと話した。
なにがどう相応しいのかは糸には分からなかったが、この状況と解決法は簡単に分かる。女の子が悪い男に絡まれて、逃げられない。それを助ければいい。
そもそも咲良に電話をかけた「カイト」はどうしてこの事件が発生しているのがわかったのかと疑問に思ったが、まずは事件を片つけようと、腕を交差させてストレッチした。
「——俺がやるから、咲良はどこかで隠れてて」
咲良も今は変な格好をしているが女子高生だ、糸は咲良も守れる自信がなく、彼女も巻き添えになってしまうとより面倒な事態になることを危惧した。
「お断り、糸君ほどじゃないけど、私もそこそこ出来るから」
糸の心配を払い退けるように咲良は笑う。マスクをしてもはっきりと分かった。
「あんたたち、女の子を放しなさい!」
咲良の威勢のいい声が響き渡り、ナンパをしている男たちがこちらに振り向いた。
大声を出したことにより、もう咲良を引き下がらせることは出来ないと悟った糸は彼女を守るように自分が一歩前に出る。
「なんだお前ら」
金髪頭の頭が糸たちを睨んだ。語尾に(笑)がついているように感じるのは糸たちの奇抜な格好に驚いているからだろう。
「私達は正義の味方パステルボーイとネオンガール、そこにいる女子生徒はこっちに来て、守ってあげる」
「よくそんな格好いセリフを堂々と言えたものだな」
同感だと糸は心の中で金髪頭に同意する。
咲良が声を上げたのは絡まれている女子高生に対して安心してもらうために言ったものであるが、向こうは咲良も怪しんでいる様でこちらには来てくれない。
「俺たちも女子からすればだいぶ怪しいから簡単にはこないよ」
まだナンパしている男の方が目的は分かりやすい、こちらは完全に変質者だ。
「ああ、そういうことね」
咲良はパーカーを深く被り、マスクで顔を隠して、下はとある学校のスカートという姿を自認するとフードとマスクを外した、せっかく身元がバレないようにしていた変装を自分から解いた行為は愚かだと糸は咲良を睨む。
「助けてください。ゲームセンターで私達が欲しかったぬいぐるみをあの男達に代わりに取ってもらったら、あげるから2万寄越せと言われて、それを断ったら払えないならついて来いとホテルに連れ込まれそうになったんです——」
女子高生たちが咲良の元に駆け寄るとそう悲痛な表情で訴えた。
絡まれていた女子高生は助けに来てくれたのが美少女高校生であることに安心したようだ。
「……もうなんでもいいか」何に付き合わされているのかと糸は今日の事を疑問に思う。
「大丈夫、私達が来たからにはもう安心だよ!」
彼女達を安心させようと咲良は満面の笑みを浮かべる。
これで向こうにいる男達が悪人だと確定したのか咲良は強気になった。
「今日は大人しく帰りなさい。そうすればこの件は見逃してあげる」
咲良は仕切り直すかのようにもう一度フードを被りマスクをつけた。
糸もここで帰ってくれればなと、淡い期待を持っていたが男たちは冷ややかに笑う。
「馬鹿にしてんのか? 可愛い女がもう一人増えてラッキーだよ。さあ、こっちにこい」
女子高生を脅していたら、もう一人女子高生が現れる。向こうからすればこんな美味しい展開はないだろう。
咲良と男たちがにらみ合っている。
「糸君、どうやら戦うしかないみたい」
「そりゃあそうなるでしょう」
マスクをしたまま糸は鼻から息を吸いゆっくりと口から吐くと、一歩ずつ男達に近づいた。
「なんだ、お前は中学生か? ずいぶん可愛いらしいパーカーを着ているな。お前は3人を置いて大人しく帰れ」
金髪の男がぬいぐるみを道に放り投げながら前に出ると糸を見下した。
「俺だってこれを着たくて着ているわけじゃないんだよ」
糸の身長は160cmを少し超えたくらいだ。それにピンクのパーカーを着ている。馬鹿にされることになるだろうと覚悟はしていた。
しかし今更逃げる訳にもいかない、金髪男と糸は至近距離で向かい合わせになった。
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