第5話 パステルピンクとネオンブルー

 渋谷の繁華街から外れ、少し静かになった場所に『私立鈴城高校』がある。

 咲良とのトラブルに巻き込まれた日の翌日の放課後、糸はいつも通り真っすぐ帰ってアイスでも買おうとしたが咲良に止められた。

「糸君、昨日の約束早速果たしてもらうから」

 教室の扉の前で咲良は仁王立ちをしていた。


「もうかよ……」

「準備をするからついてきて」

 咲良が糸の袖を引っ張り、エスコートをすると到着した場所は家庭科室だった。

「ここで何をするんだ?」

「これから絶対に必要になるものだよ」

 ヒーロー活動をするならすぐにでも街に繰り出すと思っていたが、ヒーローになるためには何か準備が必要みたいだ。


 糸が初めて訪れた家庭科室を眺めている間、咲良は軽い足取りで家庭科準備室に消えていった。

「一体何が始まるんだよ——」

 妙に機嫌がいい咲良であったが、女子高生と普段離さない糸にとっては普段から女子高生はテンションが高いのかと納得しておいた。

 とりあえず彼女に身を任せてみようと5分程待っていると、咲良が戻ってきた。彼女の両手にはパステルピンクとネオンブルーの2色のパーカーがある。

「じゃじゃ~ん、ヒーローではお馴染みのヒーローコスチュームでございます」

「お馴染みなんだ」

 戦闘服、すなわちコスチュームはヒーローにとって必要不可欠なんだろう。

 そういえば、と糸が昨日読んだ漫画にもヒーローは奇抜な衣装とマスクをしていた事を思い出す。制服のまま戦っていれば、汚れるし何より動き辛い。それに身元が割れる危険を考えると合理性はあると納得した。


「糸君はこっちを着てね」

 糸はネオンブルーのパーカーを渡されると思っていたが、咲良はパステルピンクの方を渡す。

「え? 俺がこっち?」

 咲良の間違いであると思いたいが、咲良はうんと確かに頷いている。


 そのパーカーは目にも優しそうな、淡いピンク色ただその一色で織られている。

「私が用意した糸君の戦闘服だよ。可愛いし、生地もしっかりしていて、伸縮性もあるから存分に暴れてくれたまえ」

「こんなものどこで取り揃えたの?」

「原宿、しかも1500円」


 糸はその色に納得いっていない。

「こんな可愛い色のパーカーを着て戦えないよ。それに色的に周りからも目立つだろ」

 せめて青い方にしてくれと、咲良の持っている方を指さした。

「こっちは私が着るの。ヒーローは目立ってなんぼなんだから。赤いタイツを着たヒーローや星条旗カラーの服装で戦うヒーローと様々なの」

「そうなのか?」

 これなら確かに目立って仕方ないだろうと鼻で笑う。


「ヒーローは特別な存在なの——それに可愛いでしょこの洋服」

 糸はブレザーを脱いでYシャツの上からパーカーを着ると、戦闘服の着心地を確かめる様に体を伸ばした。

「……まあ、いいか」

 着心地は不思議と悪くない。戦意を失いそうになるほどピンク色のパーカー、これが自分に相応しいのだと思うことにした。

「でしょ? それで私は青いネオンを纏うクールガール」

 咲良はいたずらっぽい笑みを浮かべると、青いパーカーをセーラー服の上から着る。


「ずいぶん恰好がついているね」

 蛍光色の青色パーカーも十分に目立っている。それに純情な女子高生がそんな服を着るとミステリアスなクールさを帯びながら、渋谷のようなポップな街並みが似合うシティーガールになるのだと、糸は彼女を見て納得させられた。

「糸君も良く似合っているよ」


「——そうかなあ それと下はこのままでいいのか? 俺はともかく咲良はそのままだと身元がバレて危険なんじゃないか?」

 ヒーロー活動なんて学校で許されているハズがない。パーカーを着てフードを被ることで身元は隠せるだろうが、このままだとズボンやスカートは制服のままだ。

 学校指定の制服は様々で、特に女子の制服の違いは顕著だ。受験生が進路を選ぶ時の基準にもなる程女子にとっては重要で、可愛い制服を売りにする学校や年々改良を重ねる学校もあるくらいだ。

 そうして制服が注目されているなかで、制服だけで学校を特定できるマニアも多い。匿名の活動をするなら、少しでも個人情報は晒せない。

 そんな心配があったが、咲良は見越していた。


「大丈夫。フリマアプリから適当に制服を買っておいたから——私が特定されることもないし、何着か買っておいたから攪乱は出来る」

 咲良は他人の学校の制服を利用したことにより与えてしまう風評被害の影響も考えて複数用意している。

「フリマアプリ? まあいいや、それよりもスカートで戦うのは不便だろう」

 動き辛いし何より、中身が見えてしまう。


 すると咲良は糸の目の前に立ちスカートの裾を掴むとひらりと上に持ち上げる。

「じゃーん!」

 スカートの下に現れたのはパンツではなく、3分丈のレギンスだった。

「びっくりした?」


 咲良は糸を恥ずかしがらせてやろうと、会心の笑みを見せながらスカートの中を披露したが当人は至って平然とした態度だった。

「俺は何を履けばいい?」

 この滑り切った出来事を何事もなかったようにしようとしたのは糸の心意気。

「適当に動きやすい格好でいいよ」

 今度ばかりは糸の気遣いに乗ることにして話をすすめる。

 コスチュームが決まった所で咲良は糸に提案をする。


「私達2人でこれからパステルボーイとネオンガールってヒーロー名でやっていこうと思う」

「え? ちょっとダサくない」

 内心はちょっとどころではなかった。あまりにも見た目のまんまだったからだ。

 ヒーローの名乗りを否定された咲良は眉を顰める。


「いい糸君? こういうのはなりきったもん勝ちだよ。誰がなんと言おうと糸君はパステルボーイ、私がネオンガール」

「まあ、いっか。名前なんてそもそもなんでもいいし」

 どうせこの一回で終わるのだからと心の中で付け足す。

「じゃあ、今日は衣装合わせで終わりということで」

 糸はコスチュームを脱ぐ。


「これから街にくりだして、さっそく活動に行こう」

「今日のところはこれで終わりにしようよ」

「駄目だよ。悪人は休んではくれないの」

「だから忙しそうな顔をいつもしているのか……」

 不意に頭の隅に照の顔が思い浮かんだ糸は小さく呟く。

 咲良のヒーローに対する張り切りも活動をしない以上冷めることはなさそうだ。


 糸と咲良は一旦コスチュームを脱いで制服姿に戻り、咲良と街に連れ出された。

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