第19話 門限の午後6時が過ぎて
黄昏の空に一発の大きな花火が上がる。
町の人達は久しぶりに見る花火に歓声を上げ、それぞれの帰路へ向かう。
子供たちも「あれ、絶対アマイの仕業だぜ!」「今度ウチでも花火やってもらおうぜー」と、はしゃいで帰って行った。
人払いの魔法。
雨衣たちが開始したクエストの水路周辺に張り巡らされた魔法によって、Aクラスを一目見に集まった野次馬達は蜘蛛の子が散るように解散して、今は少し寂しい感じに静かになった。
教会の金の音がなる。
時刻は午後6時となった。
「どうか安らかに眠ってください……」
ヘドロキメラの核になってしまった男は今度こそ沈黙した。
エルはその漆黒の大剣をどこかに閉まっては、片膝をついて祈りを捧げた。
男が安らかに眠りにつけるように。
それから1分ほどして、
ただ一言、言い残してその場を後にした。
「ワタシ、これから寄るところがあるんで先に帰っててください」
「うん、わかった」
今からどこへ寄ると言うのやら。
でも、雨衣は行き先も目的も聞かず頷いた。花山院も肩をすくめ了承する。
聞きたいことは山ほどあるが、今はそっとしておいた方がいいだろう。
というか、疲れた。
ただのボランティア活動の筈がこんな大それた騒動になってしまい、思った以上に疲れたのは確かである。
いくら死なずの無敵の星覇様とは云え、走れば体力は減るし、疲労は溜まる。ダメージを受けたそれは疲労になるし、お腹だって空くのだ。
雨衣のお腹が鳴ってしんみりとした空気はぶち壊された。
エルはもうすでにこの場を後にした後だった。
「雨衣さん、わたくし達は先に学園に帰りましょうか」
「うん、そうだね。でも、その前に花山院さんに謝らないといけないことがあって……」
そう言って、雨衣は手に持っていた零式を花山院に返そうと目の前に差し出した。
もの凄くバツの悪そうに目線を逸らして。
「えーと、雨衣さん?この丸焦げでジュージューバチバチショートしているのってまさか……」
「う、うん。キミが貸してくれた零式。ちょっと本気で魔法使ったら壊れちゃった。ホントごめんね」
若干照れくさそうにそう何故言ったかはさておき。
手に持っている零式のそれであったが、今は見る面影もなく原型を留めておらず、銃口はへし折れ黒炭と化してショートしていた。もう使い物にならないだろう。
花山院は一つため息をついて、雨衣に微笑みかけて彼の肩に手を置いてこう答えた。
「雨衣さん。学園に帰ったら魔法陣のお勉強でもしましょうか?」
「な、何故に……?」
「貴方、ちょうど鏑木エルから100問宿題出されていとこですし、わたくしも是非協力させてくださいな。まぁ、コレを壊してくれたお礼も兼ねてですわ」
「わー、今日一番のステキな笑顔。でも、勉強はヤダ……」
「ヤダ、じゃありませんわ」
「ひぇ……」
そういえば、エルからそんなお題を言われていたかもしれない。
そして、これは零式を壊してくれたことに対しての、花山院のせめてもの仕返しでもある。
まぁ、花山院のお人好しな部分もあるだろう。
まぁ、積もる話もあるだろう。
とても笑顔でオーホッホっと高笑いしてご満悦のようだ。逆に雨衣はこの世の終わりみたいな顔をしている。勉強はどちらかといえば苦手な方なのだろう。
午後6時の門限が過ぎた頃、彼らはこの世界からログアウトした。
エルが不在の学園で、これから雨衣は花山院にいろいろ振り回されるのは、また別のお話し。
「アマイってホント馬鹿よねー。あはははー」
夕焼けに染まる空に一体の白竜が飛んでいた。
雨衣たちを見届けたお子様ドラゴンのコハクも、竜の姿になってはこの場を後にした。
どこへ帰るのかはコハクの気分で自由だろうけど。
たぶん、今日はこっちの世界で晩飯をご馳走してもらうつもりであった。
と、まぁ星覇の魔法生たちの今日の任務は完了した。
そして、ちゃんとオチもあった。
◇
「あのー、私たちの出番はー?」
「「さあ?」」
応援に呼ばれたAクラスの3人に出番はなく、ポツンとあの場所に取り残されていた。
「というか、エルっちは久しぶりに会ったってのに相変わらず陰キャで何考えてるかわからないし声かけづらかったしスルーされたし私のことだなんてどうでもいいんだ!」
あー!もう考えただけでイライラする!と夕焼けの空に吠えるのであった。
栗毛の髪が夕陽で染まり、空を睨む少女はAクラス第3位の実力者だ。
魔力の塊を空に放ち、花火がもう一発打ち上がった。
「私だって花火ぐらい撃てるもん!」
ほっぺたを膨らませ、ムスッとした表情をするところがまだ幼く同年代より子供に見えた。
何に対抗しているのかはやや意味不明だが。
「ピピピ……花火ぐらい、宇宙からの交信ついでに魔法で余裕……ピピピ……たーまやー」
第4位の少女も真似して花火を打ち上げた。
それに続いてか、第5位の少女もおもしろそーという理由で花火を打ち上げる。
「hoo〜!TAMAYA〜〜!!」
アメリカンな少女のテンションは高い。
特に意味はないが、Eクラスの尻拭いで招集されて待機させられて結局出番なしになった事実を否定したかったのかもしれない。
「エ、エルっちは女の友情より男を選ぶんだね……」
「ピピピ……檸檬の義妹さんとは友達?」
「え、う、うん……友達というかレモっちの家に遊びに行った時に見かけて声かけてみたらスルーされただけの仲だけど」
「オージーザス!それはまだトモダチでもなんでもありまセーン!」
「う、うるさーい!これから友達になるの!だからあのEクラス!あの一般人!エルっちを誑かしたあの男子は要注意人物だよ!なんで黒いレーザービームが打ち上げ花火になるんだよ!?絶対頭おかしいって!!」
「ピピピ……学園理事長の娘かつ檸檬の義理の妹を誑かすあの一般人は……只者じゃない一般人?」
「ohー、電波ちゃんのソレはとても哲学的なハナシなのデース。とりま明日の放課後はEクラスにカチコミでアーユーオッケー?」
「「イエース、まじオッケー」」
こうして、何故か、ヘドロキメラにトドメを差して調子乗って花火まで打ち上げた雨衣は女の友情を引き裂く容疑にかけられAクラス女子にも目をつけられることになった。
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