第18話 死者の声を知る少女
「どうやら雨衣はちゃんと役目を果たしたみてーですね。我々の勝利ってやつです」
マップを確認すればわかる。
それを確認しなくてもあの息苦しさが無くなった理由を考えれば必然的に出てくる答えだ。
雨衣はあのヘドロキメラを地上に出さず、ギリギリの所で仕留めた。
血を流す本当の意味の犠牲はなく、
外にいた子供たちや町の人たちに被害が及ぶ前で本当によかった。
その事実が花山院を安堵させる。
ただ、腑に落ちないものはあった。
だから、早めにその問題を解消させたかった。
「鏑木エル。2つ聞かせてください。貴女はこうなることも想定内でしたのね?」
「まぁ、概ねは。ワタシは何度も言いました。万が一はないと。とっておきがあると確かに言いました」
「そのとっておきが雨衣さんだったわけですわね?」
エルは肩をすくめた。
それは肯定なのかどうかとてつもなく微妙なニュアンスだ。
「本当に何者なんですの、あの殿方は?」
「さあ?ただの一般人じゃねーのは今日のボランティア活動でわかる通り。魔法が使えるんですから」
「
「まぁ、それが普通の捉え方なんでしょうけど」
「違うと云うのですの?」
「さあ?」
またエルは肩をすくめた。
それも肯定と捉えていいものかわからずはぐらかされる。
「雨衣の魔法が何なのかは本人にでも直接聞いてみてくだせー。そんなことよりも、オマエが聞きたかったもう一つの質問はソレではないでしょうに」
質問がないなら話はこれで終わり。
エルはそう言っている。
「では聞かせてもらいますが、貴女の云う万が一はない。もしやと思いますがまだ切り札がおありでしたのね?」
「えー勿論です。まだ奥の手はありましたんで」
「……はぁ、即答しやがりましたわね」
花山院はやれやれと手を額につける。
「その奥の手、わたくしにも教えてくださらない?今日はそれを聞かずして眠れそうにありませんわ」
「別に構いませんが……」
そう言って、エルは自身のアイテムBOXから一つ、とあるアイテムを取り出した。
そのアイテムは魔道具で、花山院も知っているものであった。というか、自分も持っている。
なら、尚更頭の痛くなる話しである。
自分はヘドロキメラに翻弄され、緊急事態に冷静さを欠いて、勝てる要素を見落としていたことになる。
確かにそれがあれば万が一はなかったのかもしれない。
「まぁ、奥の手というかコレです」
「まさかの『迷子の振り子』……も、盲点でしたわ」
それは、ダンジョンクエストにおける必須アイテム。ダンジョンに潜った際の脱出装置みたいなものだ。
これさえあれば、ダンジョンでどれだけ潜ろうともスタート地点に転送することが可能だ。
今回はボランティア活動という特別クエストだったため、生徒それぞれに支給されていたはずだ。
そして、これは使いようによっては、こんな使い方もできるはず。この生き残ったパーティーメンバーの誰かがスタート地点に転送して戻り、そこから挟み撃ちにもできたのだろう。絶対的な詰みの盤面も築くことさえもできていた。
冷静さを欠いて、支給されたアイテムの価値さえ見落とすようでは世話はない。
まぁ、雨衣に至っては『迷子の振り子』をバグか何かで支給されておらず、その存在にすら気づかなったのだから致し方がなし。
「鏑木エル……貴女、本当に性格悪いですわね!」
「えーえー、よく言われます」
エルは決して多くは語らない。
一から十まで全てを教えることはしない。めんどくさいから。まぁ、性格の問題もある。
伊達に引きこもり人生を過ごしていなかった。
「あー、もうこの辺でいいですか?ワタシにはまだやるべき仕事が残ってるんで」
「……まだ、何かありますの?もう、ヘドロキメラは討伐されたんですわよね?」
確かに敵性反応はマップから消えた。
だというのに、せっかく和やかな空気になったと思えたのに、また息苦しさを感じた。
「花山院雲母。こんな話しは知っていますか?魔人が怖くて、大切な者も守れず逃げてしまい、逃げて逃げて何もかもが手遅れになった後にようやく後悔した愚か者がこの国にはいるって話しです」
「……」
「ワタシは、もう行きますね。これが今日の最後の仕事です。サービス残業ってやつです。オマエがワタシに着いてくるのは勝手ですが、最後まで見届ける覚悟がオマエにありますか?きっと今日は寝れませんよ」
「……それでも着いて行きますわよ。わたくしにもこのクエストを受けた責任がありますの」
花山院は重い腰を上げた。
エルは肩をすくめて『迷子の振り子』を使い地下水道の入り口へ転送した。
転送前に、最後に一言。
「伊織。聞こえていますか?人払いをお願いします」
ギルド管制室との通信が正常に戻ったことを確認したエルは告げる。
「――えぇ、審判の時です」
◆
――――まだ……この身体は動く。
男は、コアを打ち砕かれても尚、その肉塊を引きずり地下水路を這い出ようとした。
―――――私は……まだやるべきことが……ここで立ち止まるわけには………………
男は、使命があり、何があろうと果たさなければならなかった。
―――――私は、まだ……ここで……終わるわけにはいかない。あの方が愛したこの国を……今度こそ守らなければ……………
男は、もう既に死んでいるというのに、しかし、それでも死に体を動かした。
一種の呪いだ。
一種の執念でもあった。
男は、涙を流した。
――――申し訳ございません。申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません。申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません申し訳ございません。本当に何も守れなくて申し訳ございませんでした、ララ様……
かつて、男はクイーンズ王国の魔法騎士団に所属する魔法騎士であった。
この国を守る誓いを立てた騎士であった。
しかし、男は魔人に臆して逃げてしまった。
これは仕方がないことだった。誰も、魔人に勝てなかったのだから。目の前で次々と仲間が死んでいく。男と共に立ち向かった剣聖でさえも死んだのだから。
だから、男は逃げた。せめて家族だけでも国外に逃すために。
男は運良く戦場から脱出できた。
でも、男は家族を守れなかった。
結局、何も守れなかった。男はどこまでも逃げ、最終決戦の時も、女王様が戦いに身を投じた時も、そして、お姫様が罪を犯して殺された時も、男はただ逃げ続けていた。
そして、後悔した時にはもう既に遅かった。
――――ララ様……今度こそ、この国を……まも……る……そのために…………わた……しは――――
ただそれだけの想いに動かされていた。たとえ怪物の成りそこないにされたとしても、魂が突き動かすのだ。
しかし、
「いえ、オマエの役目は終わりましたよ」
少女が男の行く手を塞いだ。
燃え上がるような黄金の髪を持つ少女。夕日に愁いを乗せて染まるその表情には陰が差す。その手にはどこからか取り出した禍々しくて黒い大剣を握りしめていた。
―――――まだだ………まだ、わたしにも何かできるはずだ。このままじゃ終われない……貴様に何が……小娘に何がわかる。私は――――ララ様を裏切り………………r様を見殺しにした、その、つぐないを――――
「もうイイんです。もう誰もオマエを責めたりしません」
――――――しかし……せめてこの町だけでも、今度こそ………まも、らないと………やつらが………
「オマエは充分に頑張りました。オマエは充分に裁きを受けました。だから、もうオマエが頑張る必要はないんです。あとは我々星覇に任せてください」
だから、少女は大剣を持ち上げた。
これは一方的で、しかし、この男に救いがあるとするなら、男の後悔、未練、怒り、悲しみ、憎悪といった全てを断ち切りここで終わらせてあげることだ。
人は死んだら生き返らない。
だから、死者を安らかな眠りへつくように。それが死者の声を聞いた少女の役目として、大剣を男に突き立てた………
―――――あぁ、そういうことか…………………あぁ、これが星の導きというのなら……ララ様、申し訳ございません。わたしでは役不足でした。わたしも、今そちらへ――――
「えぇ、さようなら。どうか、安らかに眠れ……オマエに救いがありますように」
一緒にスタート地点まで戻ってきていた花山院と、地下水路の壁に身体を預けながらやってきた雨衣、外ではこっそりこちらを覗き込んでいるAクラスの3人と共に男の最後を見届けた。
今度こそ男は完全に沈黙する。
どこかで教会の金の音が鳴った。
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