第16話 起動せよボクの魔法

 恐れていた最悪の事態。

 敵は目の前の殲滅対象を無視して、ここから一番近い出口へ突っ走るつもりだ。


「くそ、アイツ最悪だ……ッ!」


 一瞬の判断でまだ間に合うものもあれば取り返しのつかないことになることもある。

 雨衣は即座に追いかけた。


「そんな……こんなのもうわたくし達だけではどうしようもないですわ!」

「……」


 確かに、対象を殲滅させるための魔法だった。エルの見解に間違いはなかった。しかし、その魔法は第三者の介入で、行動パターンが変更されてしまった。

 今から追いかけた所でエルと花山院は間に合わない。

 先に追いかけた雨衣は徐々に離されていく。マップを確認すれば黒点が寸分も迷わずこの迷路みたいな地下水道を走っていくのがわかる。しかも、自分たちが転送されたスタート地点を目指して。

 そこから繋がる通路は高さ2メートル、横幅ヒト2人分と、今のヘドロキメラでも通れる大きさだ。

 もし、ヘドロキメラが地上へ這いあがったら人的被害は確実に出る。

 あそこの近くで子供たちが遊んでいたことも、花山院も知っている。

 だから、悲鳴に近い悲痛な声をあげる。


「早乙女さん!何とかしてくださいまし!」


 最早、生徒の自主性やクエストの醍醐味なんか言ってられない。

 すでに非常事態だ。

 そのことはギルド管制室の者たちだってわかっている。

 しかし……


『ガガ……ざざざ……やって……い……ザザザ……――――――』


「な、こんな時に……ッ!?」

「明らかに人為的な妨害。案の定というべきかあり得た話です」

「こ、子供たちが……」


 万策はすでに尽きたのか。

 脳裏に過ぎる最悪の光景。

 花山院は膝から崩れ落ちる。


 自分程度ではここまでが限界なのだ。

 頑張ってみたけども、やっぱりダメだった。


 没落貴族と呼ばれ、名誉を少しでも挽回していこうとクエストをこなしてきた。

 だけど、花山院という過去の栄誉も誇りも全ては無意味に等しく、やる事成すこと裏目めに失敗していく。


 これが出来損ない貴族様の姿だ。

 これが落ちこぼれクラスの限界……


 この事実が大いに花山院の自尊心を傷ついていく。


 もう自分たちは間に合わない。

 だから、あとは祈るしかない。

 もしも、この事態を知ったギルドが対応してくれたのなら。

 もしも、誰かが異変に気づいて出入り口を封鎖してくれていたのなら。


「そんなもしもに縋るより追いかけませんか?たとえ間に合わなくても、たとえテメーのミスで誰かが犠牲になったとしてもそれから目をそらしちゃいけねー。何より、自分に何がまだできるか一旦冷静になってみてはどうです?」

「鏑木エル……」


 クエストには責任が伴う。

 解決できそうにない問題が立ち塞がろうとも、無責任に途中で放り出してはいけない。

 最後の最後までクエストをする義務があるのだ。

 この状況下でもエルはまだ諦めていなかった。

 それは雨衣も同じだ。距離は離される一方なのに、絶対に間に合うはずがないというのに。それでも追いかける。


 花山院に無くて彼らにあるもの。

 諦めの悪さ。泥臭くてカッコ悪くてみっともないくせに、まだ諦めもせず勝利へ掴もうとするその執着心。それが花山院に足りなかったものだ。

 だから――、


「雨衣さん、その突き当たりを左ですわ……ッ!!」

『――っ!?通信回復した?花山院さん、オッケーわかった!』


 また、花山院もまだ諦めなかった。

 一度は諦めかけはしたが、その瞳に希望の光を取り戻す。

 まだ諦めていない者いるのだ。

 同じ底辺クラスの同級生が。ライバルが。カッコ悪くて泥臭いと敬遠してきたソレが目の前にある。自分だけが腑抜けてなんかいられない。

 もう魔法で何かしらサポートすることもできないけども、それでもまだ諦めるには早かった。

 みっともなくたっていい。

 貴族らしくなくたっていい。

 花山院は雨衣のナビゲーターとして彼の代わりに、彼がマップを見ずに全速力の最高速度を維持できるようにサポートに回った。

 

「あとは貴方に託しましたわ雨衣さん!」


 彼女の精一杯の激励だ。

 そして、エルもまた、雨衣の背中を押すかのよう激励を送る。


「雨衣。花火でも上げるかのような1発ドデカイのをどうぞ。ワタシ達Eクラスに喧嘩を売ればこうなることを見せてやりましょう」


 ラスト。

 花山院のナビもあって出口に繋がる一本道まで辿り着いた雨衣は零式を構えた。

 その先には今にも出口から地上へ飛び出さんとする標的がいる。

 追いつくことはできなかった。


 片腕というハンデもある。しかし、ここからなら雨衣のとっておきが届く。もし、そんな都合の良い話があるとしたら?


 雨衣が魔法を今まで使わなかったのは、使いどころを見誤っていたから。

 下手に被害を出したくなかったから。

 勿論、彼の未熟さもあった。

 どういった魔法なのか花山院には想像することさえもできない。


 しかし、エルは確信を持って雨衣にあとを託した。万が一はない。とっておきがある。それが雨衣の魔法であれば……


 雨衣のセカイから色が消えた。

 雨衣のセカイから音が消えた。

 零式が雨衣の左手に集中した魔力に呼応し、

 雷電の火花を散らし、

 その瞳は静かに闘志を灯し、


起動せよボクの魔法エクス・マキナ――――ッ!!」


 それは、確かに告げる。




<グッモーニングです雨衣様。オーナーコードを承認いたしました。これより天地開闢にして摩訶不思議な【改造】のお時間です>




 それは無機質な女性の声。

 まるでAIような、さながら悪魔の甘い囁きのように。


 雨衣の魔法が起動した。

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