第15話 最終フェーズ

 作戦が開始された。

 戦略的撤退をしてヘドロキメラと鬼ごっこだ。できれば、もっと広いフィールドに誘き寄せる。


「それにしても、どうやってアレを確実に誘き寄せるんですの?失敗は許されませんわよ、鏑木エル」

「それに関してはノープログレムです。アレはワタシ達を殲滅するために発動されたもの。まず、こちらが全滅しなければ済む話ってもんで」


 一つ、考えられるリスクとして、自分たちを無視して地上へ出るルートへ飛び出すかもしれないということ。

 しかし、エルは確信していた。

 アレは、そういうものだと。仕掛けある魔法陣を解除して【天罰】を発動した後も脅威があるからこその連鎖式召喚大魔法なのだと。

 こちらが全滅しない限りは標的は変えることはない。


「それに、万が一のことにはなりません。こちらにはとっておきがありますんで」


 花山院として、具体的に何をどうしたらいいか、これ以上の方法が見つからなかった。

 ヘドロキメラを確実に釣る方法が見当たらない。

 逃走中に、地上へのルートを何かしらの魔法で塞ぐなんて都合のいい手段も持ち合わせていない。

 花山院にできることがあるとすれば、マップから広いフィールドまでの最適な最短ルートを導き出すことぐらいだ。

 そして、目の前で通せんぼするヘドロスライムを、つぎはぎだらけのEクラスが放つ不出来な炎の魔法で焼き払っていく。


「さっきよりヘドロキメラが小さくなってきてる……?」

「えぇ、あともう少し。この先にも少し大きめのエリアがあるみたいですから、そこでごっそりヘドロ剥ぎ落してやりましょう」


 今の所、順調と云えば順調にボス戦を攻略しているようにも思える。

 一心不乱に追いかけてくるヘドロキメラは召喚された時よりも随分と小さくなった。今は2、3メートルほどまで弱体化している。

 動きが徐々に鈍っている。

 E級のボス戦と云えばそれまでか。ここまで苦戦をしなかったのはエルの存在が大きかったから。

 ヘドロキメラが追いかけて距離を縮めてこようとするも、エルが放つ魔弾で怯ませ適度の距離感を維持している。


 正直に言えば、雨衣と花山院はいらなかった。


 その事実は、雨衣達も分かっていた。


(……いえ、今は余計なことは考えず成すべきことをするのみですわ)


 自分の【零式】を雨衣に渡す。

 ヘドロキメラを燃やすための魔法と【零式】を同時に扱う技量もないのであれば他で補えばいい。ちょうど雨衣には攻撃手段がなく、彼に【零式】で援護してもらう方がいい。


 ベチャァと頬や首元、制服にヘドロが飛び散る。

 ヘドロスライムは火に弱いからといって、付け焼き刃の魔法では全てを燃やし尽くすことはできない。雨衣が放った魔弾も然り、2人が道をこじ開けるためにヘドロを被った。


 しかし、それが彼らにできる今の全力だ。


「見えてきましたわ!あそこ!飛びますわよ、雨衣さん!」

「う、うん……ッ!?」


 目的地まであともう少し。

 出口にも見えるトンネルの先には、別ブロックの水路へと繋がっている。

 高低差があり、走って勢いよくジャンプしなければ渡れないほどには真下の水路だ。そこを飛び越えさえすれば少し広いエリアにたどり着く。


 先に花山院が飛んだ。

 トン、と花山院は軽やかに着地しては振り返る。

 次に飛んだのはエルだった。

 

 心配だったのは雨衣だ。

 素人がこの高さを飛ぶには少し勇気がいる。と言うても4、5メートル程だ。


「何故、鏑木エルが先で雨衣さんが後ですの?しかも降りてこないですわ……っ!?」

「ワタシに言われても。飛び降りるのが怖くなったんじゃねーですか?」


 エルは肩を竦めた。

 案の定、雨衣は飛べていなかった。

 日和ってしまったのか、勇気がなかったのか、こちらを背を向けて立ち尽くしていた。

 間もなくヘドロキメラと接触する。

 だと言うのに、何かがおかしかった。

 それもそのはずだ。最後尾のエルが先に着地したことはどう説明したらいい。雨衣は飛ぶ寸前で勢いを殺した。それはエルから見れば着地地点までとの高低差にビビってしまったのかと呆れるほどに……

 4、5メートルほどの高低差だというのに。

 でも、それも違う。


「エル、花山院さん。ピアノの音色が変わったんだ……」

「「……」」

「マズイよ。この曲だけはマズイ!絶対嫌な予感がする……ッ!?」


 雨衣にしかわからない直感とでも言うべきか。

 ピアノの音色が変わった。別に音楽に精通している訳ではないが雨衣風に云えば、悲しい音色ではあるがどこか懐かしさを感じさせる曲調から一変し、何か大事なものが徐々に崩れ落ちいく焦燥感と言い得ない恐怖のイメージ。


「たぶん、ヘドロキメラはもうボク達を追いかけてこない……」


 何故なら、ヘドロキメラも足を止めていたから。

 こちらを恨めしそうに唸り、それは昨日のニャンガリアンを思い出す。

 しかし、昨日のソレとはまた違う。

 それは、ヘドロキメラとの鬼ごっこが最終フェーズに移行する合図でもあった。


「ァァァァァァァァアアアアアアアアああああああああああああああああああああ……ッ!!」


 ヘドロキメラが、中のオッサンが断末魔のような雄叫びを上げた。

 獣のような咆哮。

 聞けばこちらも死にたくなるような耳を塞ぎたくなる怒号。罵詈雑言。叱咤恨み辛み全てを吐き捨てるかの如く、叫んだ。


 あぁ、あとは自滅を待ちテキトーにあしらえば勝てるだなんて誰が言った?

 そんな甘い考えが彼らにはあった。


「もしかして……っ!?」


 ここに来てヘドロキメラは雨衣たちを追いかけることをやめた。

 活動限界。そんな希望的観測はない。

 最後の悪あがきとも云えばいい。

 奴は周囲を見渡し、天井を睨み……すぐ近くにあった通路へ飛び込んで行った。


「アイツ、最悪だ……ッ!!」


 恐れていた最悪の事態。

 敵は目の前の殲滅対象を無視して、ここから一番近い出口へ突っ走るつもりだ。

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