第12話 魔法のプロフェッショナル

 ヘドロスライムは先にも説明した通り、ゴミ溜めを捕食して突然変異した個体である。その事実に変わりはない。

 ヒトが生活すればヘドロスライムも発生する。

 ただ、今回は自然発生に輪をかけて人工的に数を増やされたということだった。

 それがコレだという。


 現在、ギルド管理室長の早乙女に報告を済ませ、エルと灘でこの魔法陣の解除に試みるという。

 安全性を考慮して花山院と雨衣を下らせた。召喚されたヘドロスライムも彼らの様子を伺って攻撃してこないので放置している。

 たまに「ねーねー何してるのー?」なんてノリで近寄ってくるスライムは松明の火に炙られるわけだけども。

 今、この時ばかりは他の魔法と干渉して予測不能な事象になることだけは避けたい。


「本来、ワタシはこういう他人が設置した魔法陣を解除する場合は……こう物理的といいますか、魔法陣ごとぶっ壊すのが手っ取り早いんですけどね」


 コホンと咳払いを一つ。


「まぁアレです。碌に魔法が使えなくても、魔法陣の意味や魔法式を知っていれば対策が取れるってことです。オッケーですか?」

「うん。たぶん、オッケー」


 術式の解除と共に魔法に素人な雨衣にレクチャーをしてあげるエル。

 ガスマスク越しに口笛を吹いて茶化してくる灘をスルーして。


「なんだか爆弾処理みたいだね」

「まぁ、実際そんなもんです。解除コードを間違えばドカンなんてこともあるでしょう。特に市街地の真下ですし、一発魔弾食らわせて反応見てみようじゃ済まされねーんですよ」


 人命が掛かっているから慎重に対処する。

 星覇の魔法生はこの世界ではゲームオーバーになるだけだからいいとして、実際に死ぬわけではない。魔法陣が大爆発でも起こして天井が崩れて下敷きになった所でドンマイで済む。

 しかし、その地上で生活している町の住人はそうはいかない。

 限りある命だ。

 星覇は異世界において利他的でなければならない。すべてにおいて責任を持たなければならない。

 無知では済まされない。

 無力でも最善を尽くさなければならなかった。


 エルは魔法陣の周りを巡回した。

 その姿はまるで名探偵の如く何やらブツブツ推理でもしているかのようだ。


 雨衣は考えさせられる。

 たぶん、エルはコレを相手するのは今日が初めての作業じゃないんだろうなと、どこか察していた。雨衣の知らない所で。なんとなくわかる。

 時にAクラスである灘と意見を交わしながら術式の解除方法を導いていく。とても真剣な表情はレアだった。だから、それほどに事態は良くないことだということも理解できた。


「もし、今のこの状況下で、ヘドロスライムのような雑魚ではなくE級以上の魔物が召喚される中でしたら、こう上手くいきませんでしたわよね」

「うん」

「わたくしも魔法士の端くれですの。あの召喚魔法が初心者でも扱える初級に分類されるということと、その解除するにあたっていくつか心当たりがあるのですが……」


 お手上げすわね、と花山院は肩を竦めた。

 曰く、エルと灘はあの魔法陣の解体術式について結構レベルの高い会話をしているらしい。


「今、鏑木エルは真剣モードに突入しているようですので、わたくしが少し補足させていただくのですが、ああいう術式で一番怖いのがトラップですわね。初心者用の簡単な術式だからといって油断してはいけませんの。手の込んだトラップですと、その解除方法になぞらえて連動する魔法陣が二重三重で張り巡らされているケースもあるらしいですわ」


 そこまで手の込んだトラップはお目にかからないとも言う。


「早乙女さんたちは対処してくれないんだろうか」

「雨衣さん。それは流石に甘い考えですわよ」


『雲母ちゃんの言う通りよぉん、雨衣ちゅわぁん。アタシたちはあくまでサポートする側の人間よん。プロ意識をしっかりもちなさぁい』


 インカム越しに少し窘められた。


「ボク達がプロ、ですか……?」


『そうよぉん。碌に魔法が使えないからと言って、いつまでも素人だとか初心者だとかそういう甘い考えでやってちゃ駄目ってことよぉん。雨衣ちゃんは今自分にできることを精一杯頑張りなさぁいん』

「は、はい。わかりました」


 今、雨衣にできること。求められていること。

 魔法が碌に使えず魔法陣の解除方法も知らない無知で愚かしくも無力な雨衣にできることは限られている。

 その中でベストを尽くさないといけない。


 花山院もまた考えさせられる。

 考えたくもないことだが沢山考えさせられる。

 まず、これは演習ではない。その可能性は万が一にない。

 そして、恐らく鏑木エルは以前からアレの存在を知っていた。

 市街地でなければ魔弾で破壊すると言っていた。それは別の場所で発見したアレに試してみたということだろうか。

 その時の失敗を今回に繋げようとしているのではないかと推測もできる。


 あとは、何故Aクラスがここにいるかを考えた。

 本当に偶然だったのか。鏑木エルは否定したわけだけども、灘だけには知らされていたのかもしれないという予想も頭に入れておく。

 万が一、どの班でも自分達で解決できないような不測の事態に陥っても、1人いれば不利的状況でさえ一発逆転させられるポテンシャルがあの【変態チート集団】と噂されるAクラスにはあるからだ。

 

 それと気になったことで早急に花山院は確認することにした。

 雨衣に「何しているの?」かと訪ねられれば「この地下水道のマップを再確認している」とだけ答えた。

 状況が状況だけにやはりこの喉の奥のつまりというか吐き気だけは拭えない。

 このエリアの中央にあるアレがどす黒い●で今にして表示されていた。

 青の○は魔法生の印。赤の点々としているのは魔物だ。

 そして、どす黒い丸印は……これは転送された時点では表示されなかったマークだ。現代の魔法、科学、星覇の全てを兼ね備えた性能であるはずこのマップ機能でさえサーチに引っかからなかった。

 それはギルド管理室でも把握できていなかったと推測される。


 そして、ここから推測するに、

 アレが今現在表示されているのは、自分達が接近したためサーチに引っ掛かったのか。

 或いは、自分達がここに辿り着くつい先ほど、それ以前に何者かがアレを設置したのかの2通りある。


(もし。鏑木エルが、わたくし達を下らせたのが後者だった場合、しっかりしないといけませんわね)


 何者からの妨害さえもありえる状況だ。 

 エルはアレをこの国の病気、癌だと言った。しかし、後者の場合だと妨害どころか星覇を狙った可能性も浮上してくるわけだが。

 それは考え過ぎだろうか……

 たぶん、隣にいる雨衣はその可能性までたどり着けていないだろうと思った。

 雨衣を横目に見た。


 そして、そうこうしている内に、エルたちも話し合いを終えてたみたいだ。

 エルだけがアレから離れて、こちらにやってくる。


「魔法式の解読は済んだみたいですわね?」

「いえ、無理でした」

「だ、駄目だったんだ……」


「なので、Eプランで行きましょう」

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