第11話 愚者の象徴
―――ワタシは、誰でもない拾て子なんですよ。
「戸籍上は鏑木の姓ですがあの人たちとの血縁関係は一切ありません」
つまり、エルは鏑木一の養子であるということだ。
「英雄の実の娘なら他クラスにいますので。えぇ、そうです、1-Aでお高くとまった山猿女がいるので、英雄の話がしたいのであればそちらにしてください。ワタシにとっては迷惑な話しですから」
「う、うん……」
誰にも有無を言わせなかった。
この件に関してもうこれでこの話は終わりですと言わんばかりに話を打ち切った。
最後の悪口は心底嫌そうに吐き捨てた。
察するに、英雄の血が通っていないのに「あなたも英雄の子共なんでしょう?」と勘違いされて、毎回のように訪ねられ尊敬されご冥福を祈られてウンザリしているのは想像できるわけだが。
「シューコー……コーホー……まぁ、アレですなー。お嬢の血縁関係が誰かだなんて、そんなどうでもいい話なんかよりもー、このボーイ&ガールにもっとヘビーな話をしてやりましょうよー」
「灘、オマエも相変わらずウザイですね。ですが、今はそれでいいです」
灘は空気が読めない子だ。
しかし、今は一番空気を読んだのかもしれない。
そんな気がしてならない。
灘が空気を読まない辺りからこの地下水道一帯の雰囲気が変わった。
薄暗くて不気味さは出ていたが、より一層に何か重圧を帯びた不愉快さを肌で感じるのだ。それに察した花山院は声を震わせる。
「か、鏑木エル。わたくし、もうお腹いっぱいでしてよ…これ以上の話であれば、日を改めてご相談に乗ってさしあげますから」
「残念ながら、そういうわけにはいかねーんですよ。同情しますよ花山院雲母。どうやらワタシ達はサービス残業をしないといけねーみたいです」
「何を仰って……」
2班は担当ブロックの終着地点に到着した。
そして、花山院は後悔する。
今日、調子に乗ってボランティア活動に参加するんじゃなかったと。花山院一族の名誉挽回のために少しでも良い行いをしたいだけだったのに。勝手にライバル視していた鏑木エルにドヤ顔してやりたかっただけなのに。明日にすればまた別の展開が待っていたであろうと今日一日をやり直したいと切実に願う。
花山院は無意識のうちに雨衣の袖を握りしめていた。
雨衣も花山院の気持ちを察した。
魔法のド素人の彼にもわかる。今すぐここから立ち去るべきだという嫌な予感。
「なんですの……コレは??」
「……ヒト、だよね」
街の地下に作られた少し大きめのエリア。
その中央に配置された魔法陣に立つクリスタルの結晶に目を奪われた。
それは人型の彫像だった。
それはとてもリアルだった。
男性だ。
年は30歳前後ほど。
黒いローブを身に纏っている魔法使いだろうか。不気味な感じもする。
それから、薔薇の蔓か何かか…蔓も結晶化していて、それが男の胸部や口から飛び出していて、絡みつき拘束しているかのようで、最後に四方から地に足を生やしていた。
まるでコレが芸術だと言わんばかりにモニュメントを飾るかのように男がもがき苦しんでいるかのように……美的センスを一切感じさせない死の芸術かのように。
一言で云えばそれは悪趣味な造形品だった。
「ほ、本物じゃありませんわよね?」
正面から見る勇気が花山院にはなかった。既に吐き気がする。この事実を否定しなければ正気を保てない。
これはよくあることだ。
魔法社会で生きていれば目にすることだと頭に言い聞かせた。
「これはピアノの音色……?」
ふと、隣で雨衣がぽつりと零した。
「雨衣にも何か聞こえるのですか……」
「う、うん」
「わたくしには何も聞こえませんわ。雨衣さん、冗談は顔と性別だけにしてくださいませ。もちろん空耳ですわよね?」
「えっと……」
「本来、何も聞こえない方がいいんですよ、これは」
それが正常だとエルは言う。
ならば雨衣は異常だということだ。
そして、この場で異常なのは雨衣だけではない。
エルも聞こえているという。
「とても悲しい曲のような、でも、なんだか懐かしくて……」
「それを本気で言ってんならオマエの感性は相当ヤバいですよ。ワタシには地獄からの死者の雄たけび……もとい、このオッサンの断末魔にしか聞こえませんから。灘はどうですか?」
「シューコー……コーホー……マジレスしていいなら、アタイには鼻に付く魔女の笑い声が聞こえるZE☆」
「「「………」」」
それはもっとヤバい症状だ灘ちゃん。
「もしかして、わたくしたちはコレを処理するためにここへ寄越されましたの……?」
「いえ、コレはたまたまココにあっただけでしょうね」
「たまたまって……」
あくまで雨衣たちの目的は地下水道にあるゴミ溜めを処理することだった。
地下水道に流れ込んだゴミやらヘドロスライムを処理していくだけのクエスト。もとい、ボランティア活動。
だから、コレとの遭遇は予想外で2班は運が無かった。
ただそれだけのこと。
「まぁ、一重にコレに遭遇したのはよっぽどの運の悪かったってことで。特に雨衣はトラブル体質ですからいつかは呼び寄せると信じてました」
「そんなバカな……ってか、なんで皆んなボクから離れるのさ」
「だって雨衣=トラブルの元みたいなイメージですし」
「うん、酷いね……」
雨衣から距離を取り始める女子たち。
花山院からは目を逸らされ、灘ちゃんからはこっちに来るなというジェスチャーをされ、エルには合掌される。
とまあ、無駄口を叩けるほどにはまだ余裕がある。
このエリアにもどこからともなくヘドロスライムが現れる。
それはこの美的センスゼロの結晶の真下にある魔法陣から召喚されたものだった。この地下水道に蔓延っていたヘドロスライムはこうして召喚されていたのか。
誰もクエストをしないから、ここまで探索しなかったために気づきもしなかった。
まだ魔法に疎い雨衣でも、なんとなく察っした。
吸い取られている。
薄く光る魔法陣に美的センス皆無の結晶体の魔力が注がれていく……
そして、これは町の下にあってはならないもので、放っておいてはいけないものだ。
だから、雨衣はもう一度エルに訊ねた。何かを知っている彼女に。
「エル。冗談な抜きでコレは本当に何なの?」
「雨衣、知っていますか?今この国は病気なんですよ。コレはソレをもっともわかりやすくしたもの。云うならば、この国を食いつぶしていく人為的に発生したガンみたいなものです」
それは、あまりに抽象的な答えだった。
でも、続きがある。
コレには名称があるのだ。
10年前のあの日から……
「彼らはコレを愚か者の成れの果て――
その声には憂いが帯びていた。
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