第10話 キミは彼女のことをどれだけ知っている?

 ヘドロまみれになった2人が汚物を魔法で洗浄している間、雨衣とエルは後始末をした。

 もうお嫁にいけませんわ…と泣いている花山院かさんいんをスルーして、雨衣はトングで飛び散ったヘドロの中から出てきたゴミを拾いゴミ袋に放り込んでいく。

 割れたお皿、選択バサミ、何かの棒きれ……それから、子供が遊んでいたであろうぬいぐるみなど。


 エル曰く、厄介ものだが街が綺麗なのは彼らのおかげでもあるらしい。表面上だけの話だが。

 ポイ捨てしたゴミなんか放っておいてもいつの間にか消えている。いつの間にか、餌を求めてこっそり地上にやってきて捕食するとか。

 落とし物をすれば見つからないという。


 ヘドロスライムが出る所に人間の生活あり。


 しかし、10年前はここまで忌み嫌われる存在じゃなかったとも云う。

 昔は街のお掃除屋さんという愛称があるほどに彼らは持ちつ持たれつつの関係だった。

 そもそもスライムがいくらゴミを捕食したところでヘドロスライムになんか化けなかったらしい。


 エルはため息をつきながら地面に散らばったヘドロを箒でかき集めていた。


「雨衣、ちょうど松明があるので残りのコレはそれで燃やしてみましょう」

「ヘドロスライムって燃えるの?」

「物は試しですよ」


 雨衣は悪臭放つヘドロに松明の火を使づけた。

 すると勢いよく燃えた。


「これって、もしかして……」

「火に弱いみたいですね」

「だから、早乙女さんはそれでたいまつをボクに?」


 雨衣の中でギルド管理室長の高評価ボタンを押した。


『いいえ、松明は何かしらのバグねぇんきっとぉん』


 雨衣は低評価ボタンを押した。身に覚えのないアイテムが支給されているちょっとした謎である。


「それって大丈夫なんですか?昨日なんかボクだけ電波障害でマップすら開けなかったですよ」


『それも含めて原因は今も解析中だけどねぇ~ん』


「というか、早乙女さん。ヘドロスライムの弱点知っていたんなら早く教えてくださいまし!」


 花山院は猛抗議した。

 弱点が火ならば魔法を使って燃やしていた。


『それはナンセンスね~ん。緊急時でもないしぃ?クエストの醍醐味をアタシが奪っちゃってどうするのよぉん』


 全ては生徒たちの自主性を育むためでもある。

 苦笑いするしかなかった。

 早乙女はクエストでクリアできなかったりスコアが悪い魔法生たちのカウンセラーとしても役割も請け負っているらしいのだが、今回はヒントは一切なし。

 まぁ要するに、この程度のクエストに根を上げていては先が思いやられるということだろう。


 しかし、この後のゴミ処理は簡単なものだった

 弱点を知ったのだ。

 ヘドロスライムはよく燃える。

 2班に割り当てられたブロックを汲まなく掃除して、時たま出現するヘドロスライムを花山院となだの魔法で燃やしていく。

 それで燃えなかった残りカスは雨衣やエルがトングや箒で集めて拾っていく作業になった。

 雨衣とエルは碌に魔法が使えないから仕方が無い。

 そんな作業をしながら奥へと進んだ。


 道中、ヘドロまみれの何かの骨を拾っては、ソレを眺めていたエルがポツリとつぶやく。


「オマエもよく頑張りましたね……」


 独り言だ。雨衣だけがそれに気づいて、そっとしておく。今は深く干渉するべきじゃない。

 気を遣って、エルから少し距離を置く。


(鏑木エル。相変わらず辛気臭いですわね。ヘドロまみれの骨なんか拾ってはブツブツとこちらまで鬱になりそうですわ)

(そう言わないでよ、花山院さん。エルもそういうお年頃なんだ)


 エルから距離を置いた雨衣がノーマークになり、花山院が近寄ってきた。

 まぁ、お互いに地下水道と薄暗くジメッとしている空間で、さらに陰気なる空気に我慢の限界は近かったりする。

 道中何故かエルの口数が減っていくものだから、こちらは気を遣ってしまうのだ。


(雨衣さんも、大変ですわね。どうやってあんなのを口説いたのです?)

(別に口説いたわけじゃないけどね……)

(嘘おっしゃい!あんなサラブレッドをたかだか一般人の貴方がどんな巡り合わせで今に至るかを白状なさい!)

(えー……)


 白状するまで逃がさんと肩を掴んでは離さなかった。

 目がマジだった。


(というか、サラブレッドってどういうこと?)

(あら?ご存知なくて、鏑木エルの相棒さん?彼女の父親は流石にご存知ですわよね?)

(え、うん。まあ、流石にね)


 星覇の創設者にして現学園理事長。一般人でも日本に住んでいたら知らない者はいない。

 雨衣も知っている。

 あのオッサンが親バカだっていうことはよ〜く知っている。


(まぁ、それで大々的に公表はされておりませんが、魔法社会では知れ渡っている事実といいますか。一般社会では鏑木夫人としての名は知られていないかもしれませんが、『ハクノ』という名ならどうです?)


「え、あの英雄ハクノがエルのお母さん!?」


(しっ!声が大きすぎますわ!彼女が引きこもった理由なんて考えなくてもわかることでしょうに!)

(あ、ごめん……)


 一般人である雨衣も知っている超有名人だ。

 それは鏑木一というオッサンよりも。

 だって、英雄ハクノは彼が小さい頃に憧れた英雄だから。

 でも、彼女もこの世にはもういない。


 エルはいつも俯いている。

 教室でも。

 授業中でも。

 実習訓練でも。

 クエストでも。

 出会った時もそうだ。


 そういえばエルの笑った顔を雨衣は一度も見たことがない。

 それ以上に俯いて陰が差していたり、全てにおいて冷めていたり、たまに花山院に絡まれて鬱陶しいがっていたり……。


 それは母親の死が原因だからか。

 母親を失った悲しみは計り知れない。

 しかしだ。


 2人のコソコソ話しはエルに筒抜けだった。

 エルは大きなため息を吐く。長〜いため息を吐く。そして、雨衣の脛を蹴る。


「先に何か誤解しているようなので訂正しておきますが、ワタシはあの人達の本当の子供ではありませんから」

「エル……?」

「それはどういう意味ですの?」

「どういう意味も何もそのままの意味ですけどね、花山院雲母。こんな辛気臭い所でもっと陰気になるヘビーな話しでもしてやりましょうか」


 エルはそう言って先を歩いた。雨衣の耳を引っ張りながら。

 雨衣もついて行くしかない。花山院もその後を追う。灘はまだヘドロの臭いを気にしている。

 そんな中、エルはどんどんヘビーな爆弾を投下していく。

 あぁ、雨衣たちに聞こえるか聞こえないかのか消えいる声で。


 ―――ワタシは、誰でもない…捨てられた子共なんですよ、と。

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