第9話 みんなの嫌われ者

 雨衣たちの転送先はレギナの町だった。


 いつもと同じくもう見慣れた風景が目の前に広がっている。

 人口1万にも満たない小さな町。

 一言で云えばいかにも異世界転送された冒険者が最初に訪れる街って感じだった。

 街の外の魔物もそれほど強くなく、穏やかな気候で緑や水路が多く、街の外観はオレンジを基調としたレンガチックな建物で、風車なんかのソレがもう雨衣的にたまらない。


 そんなたまらない異世界の事情の1つに、冒険者が足りない問題が存在する。

 これは結構大きな問題になっていて、現地の冒険者が捌ききれなかった余りもののクエストを、クラス別に仕分けして星覇に再発注する形だ。

 それでその中でも今回の『地下水道のゴミ処理作業』は冒険者でさえも放置した程の雑用クエストだ。生産性が皆無で報酬も割に合わない。それなら星覇に押し付けて自分達はもっと割の合うクエストを受けようという魂胆があるらしいとか。


 ゴミ処理業者の職業がある異世界でもない。

 庶民たちが地下水道へ出向くわけにもいかない。

 魔物が住み着いていることもありたいへん危険だ。ヘドロスライムですら何の力を持たない一般庶民たちにとって脅威となる。

 危険を冒してまで何かしらの病気になる必要もないのだ。

 そんなことは天下の星覇様に任せればいいのさ!この街の住人たちも、そんなノリだった。


 しかし、そんな星覇様たちもこのクエストのマズさを知ってしまった。

 ヘドロスライムを倒しても虚しいだけ。

 報酬も美味しくない。スコアの制度があだになったのか、報酬ポイントが激渋なために皆がこういうクエストを避けるようになった。

 まぁ、毎年のことだった。


 だから、今回のようなボランティア活動があるわけだ。

 報酬ポイントは貰えない。


 得られるのは街の住人たちからの感謝と笑顔。


 そして、また次に校則違反をした魔法生たちが各地へ赴きボランティア活動をするサイクルが出来上がるわけだが。


「2班、全員転送完了しました。これよりボランティア活動開始します」


『はぁ~い。こっちで確認できたわぁん。ちゃんと監視してるからぁ真面目にお掃除するのよ~ん』


「言われなくてもやりますよ、雨衣たちが」

「うん、エルも頑張ろうね」


 はい、スタート。

 スタート地点は町の正門とかこの街の冒険者ギルドとかではなく、転送位置はそれぞれのクエストに合わせて転送装置が近くに置いてある。

 見た目は1mほどに満たないクリスタルな結晶体で、周りの外観を損ねないよう配慮されているらしいとか。

 手持ちのデバイスよりマップで転送位置を確認すると街の中心地にマークされていることがわかる。ちょうど中心地に敷かれた水路より、そこから地下水道へと移動していくことになる。


 入り口地点。

 空を仰げば大空が広がり、お子様ドラゴンが気持ちよさそうに空の散歩をしているのを見かけた。

 水路の舗装された土手の上では顔見知りの子供たちが雨衣たちを発見して手を振っていた。

「アマイー、しっかりクエストしろよ〜」

 なんてエールを送ってくれる。

 数歩先は暗がりの地下水道のトンネルが続いていた。


 雨衣は自身のアイテムボックスを確認した。

 支給されたアイテムはいつもと同じく【零式×1】【ポーション×2】【エーテル×2】。それから地下ということで【たいまつ×10】。あと掃除用具に【軍手×2】【ゴミ袋×10】【トング×1】【箒×1】【モップ×1】【塵取り×1】だ。


「雨衣、なんでオマエだけ松明なんて支給されてるんですか?」

「いや、逆にボクが聞きたいんだけど?」


 何故か、雨衣だけ【たいまつ】を支給されていた。


『あら、おっかしいぃわねん?故障かしらん? 支給したつもりはないのよん?』

「まぁ別にいいんじゃねーですか。なんか、雨衣らしくて」

「ボク、らしい……?」


 右手に魔法銃【零式】。左手に松明では格好が付かないなぁ……と思う雨衣であった。

 そもそも、地下水道の足元から若干の明かりは灯っている。魔鉱石による光とのことらしい。だから、松明は必要ないのだが。


「明かりがあるなら、この【たいまつ】は要らないよね?」

「駄目ですよ、せっかくなので松明も使いましょう」

「シューコー……コーホー……雰囲気出るじゃん。いかにも冒険の雰囲気がプンプンするぜーい」

「雨衣さん、早く松明つけてみてくださいな」

「………」


 3対1で判定は下された。

 しぶしぶ、雨衣は右手に【トング】。左手に【たいまつ】を装備した。

 たしかに、松明で地下水道はより明るくなり辺りを見渡せるようになったわけだが。「狭いね、ここ」と雨衣は素直な感想を漏らした。

 ヒト2人分ちょうど収まるぐらいの幅で天井も2mもなさそうだ。

 そして、


「どうやら皆さん遊んでいる場合ではありませんわよ。さっそくおいでなすりましたわ」


 話の途中だが、ヘドロスライムが現れた。


 ヘドロスライム。

 スライムの亜種。

 元はスライムだったが街の地下水道に住み着くと、人間たちが捨てていったゴミ溜めを主食するようになり、あのような残念な形態になったと言われている。

 曰く、近寄ると物凄く悪臭がする。

 サイズはまちまちだが、こいつは70センチほどの大きさ。どれだけゴミを捕食したかで見てくれのサイズや形状が変わるって噂もある。


「さっそく出やがりましたか。こんな狭い場所で…メンドクサイ相手ですよまったく」

「うん、そうだね。一旦、距離を取ろう」


 雨衣とエルはヘドロスライムから充分に距離を取った。警戒した。そして、鼻をつまんだ。物凄くクサいのだ。


「シューコー……コーホー……お嬢たちはこんな雑魚に何してるんです?さっさと蹴散らしたら済む話だぜ~い?なぁ、くるくる巻きのあんちゃん」

「おーっほっほっほ、だ~れ~がくるくる巻きのあんちゃんですか!ですが、鏑木エル。それに雨衣さんもこの程度の相手に怯んでいては他のクラスにナメらるってもんですわよ!」

「いや、【零式】で対処しちゃ駄目なんだって……」


 と、雨衣が2人を止めようとするも間に合わず……


「「もう遅い(ですわよ)!!」」


 2人は【零式】のトリガーを引いてしまっていた。

 魔銀の弾丸がヘドロスライムにヘッドショット。

 あぁ、やってしまったか。それが雨衣とエルの感想だった。さらに後方へ避難する。

 ベッチャアアアアアアアアッと体長70センチほどのヘドロスライムが見事に爆ぜた。こいつらは強い刺激を与えるとヘドロを数メートルもバラまき散らして弾け飛ぶのだ。


「「………………っ!???」」


 もう時すでに遅し。

 Aクラスのなだはヘドロスライムなんて雑魚の特性なんて知らないだろう。Eクラスの花山院かさんいんも然り、要注意の魔物として先に忠告しておくべきだったか……

 ヘドロスライム。別名:ヘドロ散らかし野郎。

 まぁ、何はともあれ、意気揚々と前衛に勝手出た花山院と灘はヘドロまみれになって悶絶した。 


 だから、皆このクエストをやりたがらないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る