第7話 大義名分と異世界史

 10年前のあの日、幻想的なこの世界は悪意の果てにお姫様を殺した。

 絶対的なルールを破ってしまったので殺された。

 誰かは陰でこう言っていた。

「ざまぁみろ」

 そう言われても仕方ないのかもしれない。

 1人だけズルをしたから。

 1人だけ母親を生き返らせてしまったのだから。

 そう、自分1人だけ……

 だから彼らは望んでお姫様を見捨てた。

 じゃあ、他に誰か死んだ人を生き返らせたら許されたのだろうか。

 あの日、魔人に滅ぼされた町で、死んでしまった人たちを片っ端から生き返らせてあげたら、お姫様は国外通報も暗殺もされることはなかったのだろうか。

 何十もの村と町の人たちを生き返させてあげたのなら……


 全ての始まりはそこからだ。

 星覇魔法学園が創設され、日本の魔法生たちがクエストをし始めたのも。

 全ては、たった一体の魔人の襲撃によってこの世界は悲しい物語の結末を迎えてしまった。


 

 本日、1年Eクラスの6時間目の授業は“異世界史”だ。「異世界のことをもっと知っていこう」という名目で、彼らは異世界の情勢について学んでいた。


「えーですから、君たちがクエストをする背景にはそういった冒険者たちの人員不足も要因だったりします。10年前に起きた“魔人事件”。それをきっかけにクイーンズはかつてないほどの未曾有の危機に立たされました」


 丸眼鏡をかけた先生の授業。

 教壇に立つ先生は物腰柔らかい口調で異世界の、彼らがクエストをする国の事情を説明していた。

 

「その大事件で多くの犠牲者が出ました。たくさんの悲劇がありました。今も生き残った魔法騎士団は隣り合う帝国との睨み合いを続かせるだけで精一杯です。国内で起きる問題に目を向けるほどの余力はほとんどありません。冒険者も然り、彼らだけではどうすることもできなくなりました」


 クイーンズ最強の剣聖も死んだ。

 名のある冒険者たちもみんな国を守るために犠牲になった。

 みんなみんな死んだ。

 女王様もその身を犠牲にして帰らぬ人となってしまった。

 あの英雄ハクノでさえ……


「だから、君たちがいるのです」


 少しでもあの国の力になってもらうために。

 だから、星覇魔法学園は存在する。


 とはいえ、授業を真面目に聞いている生徒は半分もいなかったりする。

 それも授業の終わりが近づくと彼らの集中力は途切れてしまうってものだ。

 端末をいじる生徒もいれば、漫画をこっそり読んでいる生徒やら遅弁をする生徒やらメイクをする生徒やら……「俺たちEクラスは落ちこぼれクラスでーす。テキトーに異世界でクエストできればそれでいいでーす」と投げやりな生徒も中にはいる。


 この授業に退屈を覚え、欠伸をする生徒だっている。

 鏑木エルがその1人だ。

 窓際に座る彼女は肘を机に立てて頬を手については窓の外の景色を眺めていた。潮の香りはしないが東京湾の景色もここからなら見えるってものだ。

 開けた窓から春のそよ風が、その煌びやかに燃え上がるような黄金の髪を少しなびかせていた。


「えぇっとーですから、私が言いたいのは……」


 授業をしていた丸眼鏡の先生も苦笑いをするしかない。

 いつものことながらの授業風景だ。しかも一年生の授業の中で、このクラスが一番まだマシだという現実に目眩すら覚えなくもないがな。まだ授業を聞いてくれる魔法生もいるので助かっている。

 上級クラスになるとこうはいかないもので、同じ授業を行ったCクラスのとある女子生徒には「先生。そんなことは知っていますので自主にしませんか?」という圧で軽く学級崩壊寸前になりかけた事もある。

 美しい魔女ほど恐ろしいものはない。

 あれは恐ろしかったなーと感慨ぶっている場合ではないのだが。


 そんな眼鏡先生のことをジッと見ていた生徒がいる。

 前列に座っていたその生徒は、特例の一般枠で入学した男子生徒である。去年まで一般社会に生きてきた彼だからこそ、そのアドバンテージを補うためにも真面目に授業を受けてくれる生徒の1人だったりする。


 茶髪を後ろにまとめて結んだ少年。

 若干の厨二病さは抜け切れていないのだろう。幼い顔をした少年は何か聞きたそうにしていたから訪ねてみた。


「雨衣くん、どうされました?何か聞きたいことはありますか?今のところで何かわからない所とか?」

「えっと……特にないです」

「あ、そうなんですか……」

「すみません。少し考え事してまして」

「それは先生ちょっとショックです」


 真面目に聞いてくれてると思ってただけに、眼鏡先生はしょぼぼーんと肩を落とした。

 本日、雨衣のクエストはドブ掃除だ。昨日に問題を起こしてしまった罰なので仕方がないが、もう嫌な予感しかせず気が気でなかった。

 よって、今日の授業は半分ぐらいしか話の内容を聞いていなかったりする。


「あ、本庄先生」

「はい、なんでしょう雨衣くん。やっぱり質問があるんですね?」

「えっと、そうじゃなくて。ズボンのチャックが……」

「あ……」


 もうじき予鈴が鳴る。

 今日も彼らは放課後にクエストを開始する。

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