第3話 一般人でド素人で落ちこぼれクラス

 山にポツンと1人。

 電波障害で通信はできない。現在位置もわかっていない。

 相棒のエルやコハクと完全にはぐれてしまった。


 静かに闘志を燃やすのはイイ。

 クエストを絶対にクリアしようとするその意気込みや良し。

 でも、悲しいかな。

 雨衣は己の本質さをまだなにもわかっていない。たとえ自分が望まないソレであっても。

 次に起きるトラブルなんて予想もできないのだから。


 グルルルゥ……


「そんな、嘘でしょ……コハク帰ってきてー……欲しいな、なんて。ははっ、ははは……」


 いつの間にか魔獣に囲まれていた。

 コハクという最強種であるドラゴンが魔除だったのか。今まで襲われなかったのは間違いなくコハクの存在だと気付いた時にはもうすでに時遅し。

 魔獣の縄張りにでも入ったのだろうか。フィールドワークのクエストをしていると意図せずエンカウントすることもあるだろう。

 でも、あれだ。

 数が思ったより少ない。

 たった5体。

 なんとかなりそうな数ではある。

 あるはずなのに、たった5体だというのに乾いた笑いも出なくなりゴクリと唾を飲み込んだ。

 去年まで一般人だったド素人だ。E級では滅多に起きない魔獣との戦闘。後退りぐらいするだろう。


 ニャンガリアンと呼ばれるこの魔獣はD級ランク。

 Eクラスが相手するには少し荷が重く。

 ニャンからは想像できない獰猛な魔獣で、体長は2mほどだが、冒険者の間でも1人で立ち向かうのバカのすることで、仲間との連携が必要になる。狼とも猫科の何かでもないそいつの大きな牙と爪を見るだけで足が竦みそうになるが、


「いっ!?」

 

 もうすでに1体が雨衣を食らおうと飛びかかってきた。

 雨衣はすかさず横に飛ぶが、戦闘経験も少ない、クエストで魔獣討伐もしたことのないのに、ニャンガリアンの身体能力を予測することはできなかった。

 右腕を噛みちぎられ、勢い余ったタックルに小さな身体は宙を舞った。


「や、やば……」


 片腕がない雨衣は空中でバランスを取ることもできずに、地面を転げ回った。

 気が動転しそうになる。

 だが、戦闘経験がまったくないこともない。雨衣はすかさず立ち上がっては逃げ出した。

 片腕は失ったが雑な攻撃のおかげで魔獣達との距離が取れた。

 不幸中の幸いなのは、ここが異世界であること。

 本来、腕を噛みちぎられてしまえば大量の血飛沫を上げるところだか、今の雨衣に出血は見られない。

 すぐに止血したわけではなく、これは星覇の魔法生の特典だ。

 この異世界で死ぬことはない。

 勿論、それ相応のダメージを受けるが、まるでゲームの世界かのように片腕が噛みちぎられようとも激痛はなく、その事実が雨衣の冷静さを少し取り戻した。

 

「このままじゃゲームオーバーだ……」


 そう、いくら星覇の魔法生でも、魔獣に跡形もなく食い殺されたら学園へ強制送還される。

 それは、今回のクエストはクリアできないってことだ。

 だから、

 英雄を目指す少年にとって、こんなところでくたばるわけにはいかなかった。


 雨衣は左手で、右太ももに装着しているホルスターに触れた。魔法がど素人でも使える魔法銃【零式】の存在を確認する。学園から支給品だ。

 攻撃手段の少ない雨衣にとって必要不可欠な代物である。

 その【零式】を手に取り構えた。


 自分の魔力を媒介に、魔銀の弾薬が装填される。


 1年Eクラスの少年は魔法のど素人。

 入学の際にクラスの振り分けを決める魔法測定では素晴らしい結果を出してくれた。


 魔力 【測定不可】

 属性 【測定不可】


 去年まで一般人だったので当然で。ごく平凡な少年で、身体能力がゴリラ並みでもなく、頭が特別良いわけでもなく。

 星覇魔法学園の魔法生としての総評は【E】。


 それでもだ。

 トリガーを引くだけで魔弾は発射される。魔銀の弾丸が一体のニャンガリアンにヒットした。


「ガ、クグゴ……っ!?」


 威力は魔獣を軽く吹き飛ばすも一撃では倒せなかった。これは雨衣の力量不足によるもの。練度を上げ【零式】に魔弾を装填する魔力量を増やせば、この程度の魔獣は一撃で倒せるはずである。

 だけど、今は魔獣に有効な一撃を与えられたことの方が大きいだろう。

 ニャンガリアンが怯んだその隙を見て雨衣は回れ右をして逃走を開始した。


「うあぁぁぁあああああああああ……!!」


 第2、第3ののニャンガリアンが迫ってくることを想定して、デタラメに後ろに魔弾を乱発する。

 これでヒットすれば儲けもの。

 しかし、これはあくまで牽制であり、本命の狙いは先回りして飛び出してきたニャンガリアンを油断させる素人なりの作戦だ。

 ハリウッド映画のワンシーンのようなカッコいいアクションではなかったが、今度こそ1体撃破した。

 魔性のものは跡形もなく灰になった。


「よしっ、僕だってやればできる……」


 ここ最近は【零式】で仮想・敵を殲滅する妄想ばかりしていた。これはその成果。そう思うことにした。

 だが、結局は雨衣の足ではニャンガリアンを撒くことはできず、再び囲まれてしまった。


「あーあ、自力で倒せたのは1体だけか〜……」


 悔しいなと愚痴をこぼす。

 あと、もう1体なら倒せないこともなかった。はじめに一撃をくらわせたあの1体であれば、ダメージも負っているだろうし。

 しかし、次に奴らが一斉に襲いかかってきたら雨衣は負ける。

 だから、雨衣は隠し球を使うことにした。

 これならこのピンチさえも乗り越えられるはずだ。


 じゃあ初めから隠し球を使えと思われるだろうけど、いつでもどこでも使っていたら隠し球にはならない。

 最後に大逆転劇を決めるための切り札だ。


 しかしだ。今回に限っては「次」なんてものはなかった。奴らの追撃はここまでであった。


「は……?」


 ニャンガリアンたちは目の前のご馳走を恨めしそうに睨んでは去っていく。

 これには雨衣も目を丸くする。

 それは雨衣の隠し球を察したというよりかは、辺りを警戒するかのような動きだった。

 雨衣も、それは気になっていてまた嫌な予感がした。


 あぁ、魔獣に襲われる以上の嫌な予感って何さ……と、もう思考を放棄したい気分だった。

 山は、木々は、ざわめきもなく一瞬の静寂がより不気味だった。

 と、次の瞬間――


  ズドンッと大地を揺るがす衝撃とその余波が周辺に広がっていく。それも1回だけではない。ズドン、スドドンと不規則なリズムで何度もだ。

 山を、森林を破壊する


(この感じは……)


 音と衝撃がだんだん強く響いてこちらに近づいてくるのがわかる。木々が薙ぎ倒されていき、山がざわめいていた。

 脳内では警鐘を鳴らしてこの場から即刻立ち去るのが無難だ。

 だけど、雨衣にはそれができなかった。手遅れだった。

 あと数秒、猶予があれば考えを改めていればあんな悲しい結末になることはなかった。

 プチ遭難していたとはいえ、好奇心が雨衣の足跡を止めてしまったのだ。


 一体誰がどんな魔法を使ったのか、魔法の素人は見ておきたかった。


 あの衝撃は永遠に続くことはなかった。

 衝撃が収まり、山はまた不気味な静けさを取り戻す。

 一応、格好だけでも警戒体制に入る。


 何かのうめき声が近づいてくるのがわかった。

 雨衣から見て右側の雑木林の方から出てきたそいつは、片目を失い、左腕を庇い、足を引きずっていて、雨衣を見るなり苦痛で歪めていた顔をさらに苦虫を噛み潰したかのような不細工な顔をしていた。

 ゴブリンだ。

 ゲームやアニメ、漫画などで見たことのある、ファンタジー世界で代表する魔物だ。

 雨衣の鼓動は高くなる。

 初めて直接目にするソイツはすでに瀕死で、この胸の高まりはゴブリンとの戦闘という高揚感ではなく、ゴブリンをここまで痛めて付けてなおトドメを刺せていない状況に焦燥感を覚える。

 殺傷能力はさっきの衝撃でわかる。

 目の前のソイツは怯えては涙と鼻水を流して後退りしていた。

 死の恐怖を感じているのだ。

 雨衣が構えていた魔法銃を見て怯えているのだ。


 理解できたのは、あぁ、このゴブリンは【零式】で痛めつけられたのか……結論に至った時にはまたズドンと今までで1番の衝撃が雨衣の身体を震わした。

 目の前の木々が薙ぎ払われ、大地は抉れ、岩が砕けてはまるで散弾銃のように弾け飛び、そして、ゴブリンはひとたまりもなくグチャグチャになった。


「あーあ、つまんねー」


 ゴブリンをぐちゃぐちゃに吹き飛ばした本人は、さも退屈そうに悪態をつく。


「あーつまんねーよゴブリン討伐なんてさぁ!こんなゴミクエスト、Eクラスの奴らにやらせりゃいーじゃねーかよー」


 身に覚えのあるCクラスの腕章。

 雨衣と同じ星覇の魔法生。

 そして、雨衣にとっての今んところ最大の脅威だ。


「って、言ってたら本当にEクラスがいやがった。これも運命ってやつかー?よぉー、落ちこぼれクラスの雨衣くーん。入学式以来だなー。元気にしてたー?」

「……」


 Cクラスイジメっ子が絡んできた!?

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