第2話 難易度はE級につき

「エル様、雨衣様。3色のニルフィナという薬草を1本、教会に届けてください」


 それが、シスター・ノエルからの依頼だった。


「はい、ノエルさん。行ってきます!」

「ふふっ、お気をつけて」


「アマイ〜、クエスト早く終わらせて遊ぼ〜なー!」

「シスターの前だからってカッコいいところ見せようとして失敗するなよー!」

「クエストしっぱいしてもわたしがヨシヨシしてあげるからね〜」


 子供たちの激励?には苦笑いするけども。

 彼らも雨衣の活躍に期待していた。薬草を採ってくるだけのクエストだけど、頑張らないとな。


 子供たちに見送られ、手を振る。

 振り返れば教会の屋根の上にも1人、女の子がこちらを見下ろしていた。


「コハクー、行くよー」


 雨衣はコハクという銀髪の女の子に声をかける。彼女は星覇の魔法生ではないのだが関係者である。

 星覇のマスコット的存在?

 ここでのコハクの説明は割愛するが、よく雨衣たちのクエストに同行するわけで、

 いつもと同じく同じ調子で声をかけた。

 あくびをしているコハクはさっきまで教会の屋根でお昼寝でもしていたのだろうか。

 まだちょっと眠そうで、不機嫌な声で返事した。


「ふん。今日はクエストって気分じゃないからアタシ、パース。アンタたちだけで行ってきたら」

「えー……」


 アテが外れたか。

 コハクはそっぽ向いた。


「雨衣、コハクもそういうお年頃なんですよ」

「あー、なるほどね」

「そうだぜ、アマイ。ボスは反抗期ってやつなんだってさー」

「コハクちゃんははんこうきなのー?」

「誰が反抗期よ!誰が!」


 反抗期なコハクは地団駄を踏んで雨衣を睨みつけた。


「このコハク様は誇り高きドラゴンよ!アンタたちこれから山に行くんでしょ?見え見えなのよアンタたちの魂胆なんて!そう易々とアタシがアンタたちのアッシーくんになんかなってあげないんだから――」

「コハク、クエストの帰りにアイス買ってあげます。と、雨衣が言いたげですよ」

「うん、まあ……」

「じゃあ3段アイスなら許すわッ!!」

「……5段を買ってあげるよ、コハク」


 さて、交渉は成立である。

 今年から、このレギナの町をナワバリにして、子供たちのボスを名乗るチョロいお子様ドラゴンが仲間になった。

 テレレッレッレレー♪


 というワケで、目的地までの足を確保した。

 レギナの町の外れの教会から比較的に近い山の麓、徒歩だとちょっと遠いから、コハクに乗って飛んでいこう作戦でクエスト開始する。


 そもそも、教会へ顔を出してそこから山へ薬草を取りに行くなんて遠まりでめんどくさいやり方をしているのは雨衣たちぐらいなものだ。

 詳しくは割愛するが、本来なら星覇魔法学園から直接山へ転送した方が早い。


 何はともあれ、

 星覇魔法学園に入学してから何度目かになるクエスト。

 去年まで一般人でしかなかった雨衣マキナでもクエストにそろそろ慣れてきた頃合いだ。

 E級クエスト?

 魔物退治なんかとは無縁なクエストなんて余裕余裕、と息巻いて目的地にやってきたワケだけども。

 クエスト開始から2時間が過ぎていた……


「ねー、まだ例の薬草は見つからないの?雑魚なの?」

「うーん、ないね……」

「アンタ、本気でやってる?サボってない?気合い足りてないんじゃない?」

「気合いでどうにかなるクエストじゃないよ、きっとこれは」

「ふん、何よアマイの癖に!このコハク様が一緒に探してあげてるんだから、さっさと見つけなさいよっ!」

「あでっ!?」


 などと、お子様ドラゴンに八つ当たりされる始末。


「もうコレでいいじゃない!コレも例の薬草よ!」

「ソレは2色しかないから駄目だよ」


 コハクが手にしたそれは赤と白の葉がついた薬草である。でも、依頼を受けているのは3色。

 青が足りなかった。


 例の薬草は珍種だとかで、

 1本の茎に赤、白、青とトリコロールな葉っぱが1枚ずつ生えているそうだ。珍種ということもあり、3色生えて状態で発見できるのは稀なのだろう。今しがたコハクが発見したものも、たまたま雨衣の足元に生えていたソレも色が足りなかった。

 雨衣はしゃがんでソレの葉を1枚摘んでみた。


「こっちは"赤"だけ食べられてる……」


 残っているのは白と青の葉。


 辺りを見渡した。

 魔物らしき足跡を発見した。やはり魔物に食べられたのだろうか。

 他の葉も齧られたような痕跡もある。


「美味しいのかしら、コレ?」

「やめときなよ、お腹壊すよ?」


 コハクの思考は魔物が食べれるのだからドラゴンの自分もいけるでしょ、みたい。


 それにしてもだ、

 E級にしてみては難易度が高すぎ?

 魔法の素人だから、3色揃った薬草を探し当てれてないだけなのかもしれない。

 雨衣はため息を吐いて重い腰を上げた。


「仕方ないね……」


 制限時間はある。下手したら今日中にクリアできる保証はなく、若干諦めムードの中もう少しだけ探すことにした。


「さっさと見つけないと日が暮れるわよ!」

「わかってるよ」

「というか、エルはどこに行ったのよ!」

「うん、いつの間にかはぐれてしまったね……」

「というか、アマイ!アタシたち軽く遭難してるわ!」


 今更だが……

 山の麓から結構奥の方まで来てしまっていたみたいだ。

 しかも、山だからか電波障害。はぐれたエルとコンタクトも取れないし、こんな時のための学園への緊急連絡用の通信も繋がらない。

 マップも現在位置を示さず、故障なら笑えない。

 素人が山をナメた結果……雨衣たちは絶賛プチ遭難していたりする。


「まあ、でも、最後はコハクに乗って山を脱出したらいいわけだし」

「そうね!その手があったわ!アタシは誇り高きドラゴンよ!ほら、こんな山なんてひとっと飛びよ!」

「あ、待ってコハク!今じゃなくて時間ギリギリまで待って!あともう少しで見つけそうな気がするから!」

「わかってるわよ!ちょっとエルを探してくるだけよ!」

「いや、ちょっと、置いていかないで!」

「ちゃんと後で迎えに行くから大丈夫よ!」

「いや、それ絶対に駄目なやつ……っ!?」


 絶対にそれはフラグである。

 雨衣の相棒、鏑木かぶらぎエルともはぐれてしまったが、最悪はコハクに乗って山から脱出すればいいよね?ぐらいの軽い気持ちであったのに。

 山奥にポツンと1人。


「……大丈夫。まだ奥の手がある」


 ちょっと声が震えてしまった。

 でも、大丈夫。最終手段がある。

 ちゃんと異世界から簡単にログアウトする方法がある……


 雨衣は深呼吸をして、ログアウトする手順を確認した。手首にはめたブレスレッド型のデバイスを起動する。この異世界に不釣り合いな魔法科学の結晶で映し出されたホログラフィック的なオープンウィンドウで、ログアウト画面を開いてみた。


(オッケー、きっと大丈夫。このボタンを押せばログアウトできるはず……)


 何度も心の中で大丈夫だと言い聞かせて。


「よし、クエストを再開しよう」


 いくら難しくてもE級クエスト。

 子供たちにカッコ悪いところなんて見せられない。

 シスター・ノエルに良いところを見せたい。


 何より、こんなん所で躓いていたら子供たちから憧れる英雄なんかになれやしない。

 あぁ、そうだとも。雨衣が子供の頃に憧れていた英雄はもっとカッコ良かった。

 だから、雨衣は静かにその瞳に闘志を燃やしていた。

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