ムラタのむねあげっ! 夜話集

狐月 耀藍

レッドカード版 第95話

※現在の第95話はこちら。

https://kakuyomu.jp/works/16816700426016108377/episodes/16816700426242915501


 痛くないのか――聞くと、正直に言うとまだ痛いと思う、と彼女は言った。


 それでも、彼女は望んだ。


 あなたの赤ちゃん、ほしいから――不安げにつぶやいた彼女を力いっぱい抱きしめ、俺も欲しい、と言う。


 これは、仕切り直しだ。

 さっきの行為とは違う、互いの愛を確かめ合うためのもの。

 俺が、一生をかけて守っていくその相手を、全身で確かめるための。


 三夜の臥所ふしどは、そうすると、ある意味合理的なのかもしれない。

 この人と、一生を共にする。

 それを、婚姻という契約を結ぶ前に確かめる。


 たとえ体の関係を持たずに終わったとしても、一つのベッドで三夜を共に過ごす中で、見えてくるものもあるだろう。


 リトリィが求めてくれたのだ。

 先の、あの身勝手な行為で満足していた俺を、ゆるして。


 ならば、やれるだけのことをやるだけだ。




 唇を重ねると、互いに舌を絡め合う。

 もう馴染んだ、彼女の舌。


 心臓の音がやかましい。

 頭に血が上る。

 いつよりも、数倍体が火照る。


 いつものキスなのに、いつもと違うこの感覚。

 さっきは自身に余裕も何もなかったが、今度は違う。

 村田誠作二十七歳。現代日本にはがいくらでもあった。

 今日は、あらためてそのを発揮する最初の日――


 ――って、から、をすればいいんだ?


 あああ、もう化けの皮が剥がれる!

 動画の途中経過をすっ飛ばして見てた弊害がぁぁぁあああ!!

 さっき入れるのだって、リトリィの指に掴んでもらってだった――ッ!!


 俺の焦りを、その所在なさげな手の動きから感じ取ったか、リトリィは俺の手を取ると、そっと、その豊かな胸に導いた。


 その、なんだろう。

 十分に練られたパン生地でも触るかのような、柔らかな、しかし確かにずっしりと重い手応え。

 上の方は、見た目通り産毛ほどしかないが、下の方は短いながら柔らかな毛で覆われている。


 その、無毛の先端が指に引っかかると、コリコリとした感触に変わってゆく。


 彼女がぴくりと反応するが、抵抗はない。

 ソフトテニスボールを手でもてあそぶように――大きさは全く違うが――手を動かしてみる。

 彼女の息がどんどん荒くなり、彼女自身も温かくなってきたように感じる。


「ムラタ……さん……!」

 感極まったような声。

 彼女は、自分から胸に導いた俺の手をもう一度掴み、引き込む。

 彼女の、中心部分に。


 そこは、さきほどと違った、ぬめりの感覚。

 先ほどと違って、ぬるりと奥に引き込まれるような。

 だが、ぬめるのにかすかに引っかかる、この不思議な感触は。


 おもわず手についたもののにおいを嗅いでみる。

 鉄錆のような血のにおいと、どこか海産物の干物のような、塩気を感じるにおいと、そして、青臭い、栗の花のようなにおい。

 ――ああ、最後に挙げたのは、だ。


 動画とかだとすぐに出てくる描写があるが、まだ、彼女の中にとどまっているのか。

 まあ、すぐに出てきてしまうようだと、子供はできにくいよな。

 いまさら、だということを思い知る。


 すると、リトリィがその手を取り、

 その、中指と薬指を、

 ぱくりとくわえる。


「……味――」


 ふふ、と、上目遣いにいたずらっぽく笑う。

 ああ、前も、そうされたことがあったか。

 あの時彼女がくわえたのは、彼女自身の指。

 彼女の手のひらで、情けなく主導権を奪われた夜。


 ――負けてたまるか!

 今度は、ちゃんと、主導権を握ってやる!


 


 ――冬の夜は長い、そう思い込んでいた。

 いつの間にか、天井の穴から見える空が、漆黒の闇からうっすらと青みがかってきていることに気づくまで。




 起きたのは、やや日も上った、おそらく二刻を過ぎた頃。隣で、リトリィが身を起こしたのを感じたからだった。

 結局、薄明けまで二人してさんざん愛し合っていたのだから、そうなるのも当然かもしれない。リトリィなど、髪がすごい状態に跳ねている。

 おまけに、ほこりまみれの木の床に、毛布にくるまっていたとはいえ、ほぼ直接そのままの状態で寝ていたのだ。体のあちこちが痛い。


「……見ないで?」

 身を起こした彼女は恥ずかしそうにうつむき、立ち上がると、リボンを手に取って壊れかけた椅子に座――ろうとして、

「はうっ!?」

 腰を浮かした。


 まるで、痔を患っていた木村所長がうっかり勢い良く座った時の反応のようである。


 ――ああ、やっぱりまだ、痛いんだな。


 おっかなびっくり、ゆっくりと座り直す彼女を見て、昨夜はやりすぎてしまった、と反省する。


 壁の小さな穴から横向きに差し込む日差しが、彼女をわずかに照らす。

 いつものように髪を束ね、その先端をリボンで結ぼうとしている彼女は、しかし見ないで、と言いながら、彼女は俺に対してまっすぐ体を向けているものだから、その豊満な躰の全てが、真正面から見えてしまう。

 よって、よく見たら――よく見なくても、彼女の下半身が、あちこち赤黒く汚れているのが、嫌でも目に入ってきてしまう。


 ああ、彼女の純潔の証。

 俺はそれを、確かに受け取ったのだ。

 

 と同時に、痛かったはずなのに痛む素振りなど全く見せず、むしろ積極的に何度も受け入れてくれた彼女には、本当に頭が下がる。


 彼女は言っていた。

 自分が望んだことだと。

 ずっとこうなりたかったと。

 やっと願いを叶えてもらえたと。


 涙を浮かべながら、笑顔で。

 今まで満たされなかった想いを、昨夜、ようやく手に入れたのだと。


 どこまでも、本当にどこまでも、いじらしい娘だ。

 ――もう、泣かすものか。




 髪を結び終わった彼女が立ち上がると、小さな声を上げる。

 何があったかと思ったら、恥ずかし気に椅子を見つめていた。


 ――べったりと、椅子に付いた、粘液。


 それが何かなど、考えるまでもない。

 そして、俺の目の前で揺れる彼女の尻尾の奥、彼女の中に、俺自身がかぎなれた――イカの酢漬けのようなを放っている、その元がまだ、たっぷりと残っているのを感じて、俺は――


 彼女を、再び抱きすくめる。

「む、ムラタさん……?」


 ひと眠りして勢いを取り戻した俺は、もう一度……ではなく、結局二度、彼女の胎内のぬくもりを堪能してしまった。

 今から思えば彼女はまだ、痛かったはずなのに、何も言わず――むしろ積極的に、ふたたび俺を受け入れてくれた。

 おかえりなさい、と。


 ……ああ、覚えたての猿だと言いたくば言え。

 何と言われても、俺は、ついに、本当の意味で、彼女を「知った」のだ。



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