第49話 決着 その1

 石動を見つけた俺は、まず加嶋にメッセージを送っておいた。


 あいつだって、死ぬほど心配しているだろうから。

 加嶋からは、たった一言、『見つかってよかった』という返事が来た。


 俺は既読をつけながら、そのわずかな一言に、加嶋がメッセージとして書ききれていない嬉しさと安堵と悔しさが一緒くたになった複雑な感情が込められているような気がした。


『石動のことは、ちゃんと連れて帰るから。あとは任せて』


 間違いなく心配の気持ちが一番強かったであろう加嶋を安心させるメッセージを返信しておく。


 俺と石動は、まだ穴蔵の中にいた。


 この時になると、石動もだいぶ落ち着いていて、涙も乾いていた。


「だってさぁ、ちょっとコンビニ行って、戻ってきたら文斗がいるんだもん。びっくりした」


 俺の隣に座り、レジ袋を掲げて、石動が言った。


 どうやら、食事と飲み物を買いに行っていたようだ。


「それで、律儀にこの穴蔵の中に戻ってきたの?」


 わざわざこんな薄暗いところで籠城して飲み食いしなくてもいいだろうに、と、ちょっと呆れてしまう。


「だって、ここで見つけてくれないと意味ないって思ったんだもん」


 どうやら、石動にとっても特別な場所だったようだ。

 俺の読みは完全に当っていたことで、石動のことを少しだけでも理解していてやれたようで、安堵の気持ちで満たされた。


 実は、見つけたはいいものの、すぐに石動に逃げられてしまうのではないかと不安だったのだ。


 石動の失踪は、俺が関係しているかもしれないのだから。


 すると石動は、レジ袋をがさごそさせて、中からクリームパンを取り出し、封を切ってもしゃもしゃ食い始めた。


「今、食うんだ……?」

「お腹空いたから……」

「そういう雰囲気じゃなかったでしょ」

「でも、大事な話してる時に、ぐ~っ、って言ったら台無しじゃん」

「まあ、それもそうか……」


 石動に説き伏せられてしまう。


 ただ、石動も何だか恥ずかしそうにもしゃもしゃとパンをついばんでいる。

 そんな石動だが、これから大事な話をしないといけないことはわかっているようだ。


 石動が見つかったからめでたしめでたし。

 それで終わる話じゃない。

 

 俺はこれから、どうして石動が、退学をちらつかせて失踪したのか、理由をちゃんと聞かないといけないのだから。


「でも、よくここってわかったね。私、もう文斗は覚えてないんじゃないかなって諦めてた」

「忘れるわけないよ」


 俺は言った。


「石動は、辛いことがあると何度かここに逃げ込んでたから。小学校の時じゃなくて、中学生になってからもそうだった」


 九重先輩から、石動が逃げ込んだ先のヒントを聞いた時、俺の頭に浮かんだのはこの場所以外になかった。それだけ、悩んだ石動と、この公園は密接に結びついていた。


「まあ、小学生の時と、中学生の時じゃ、悩みの重みがまた違うんだろうけどさ。中学の時は、なんとなく嫌なことがあった時に来るくらいだったけど、小学生の時に一度だけ、ガチで悩んでここに来たことがあったでしょ? うちのマンションの周りで、ちょっとした騒ぎになった」

「あれはねぇ……」


 石動が気まずそうにする。本人なりに、当時のことを恥ずかしく思っているのだろう。


 石動は、失踪の前科があるのだ。

 小学校の3年生の時だった。

 母親とケンカしたのだ。

 俺が知る限りでは一番おおごとになった母娘ゲンカかもしれない。


「あの時さー、ママに彼氏ができて。私に物心がついてから初めてできた彼氏だったから、もう私のこといらなくなっちゃうんじゃないのって勝手に不安になったんだよね。今はそんなことないんだけど」


 結果的にこの時の母娘ゲンカが、お互いの結びつきを強くし、以降はおおごとになる揉め事に発展することはなかったのだが。


「でもあの時は、ママのいる家にもいられなくなって、家出って感じでここにずっと隠れてたんだよ」

「確か、休日だったな。それで、朝から夜までここにいたんだっけ?」

「そうそう」


 石動は、俺が覚えていることで嬉しそうにした。


「この近所の子どもは、だいたい小学校近くの、あの大きな公園の方に行っちゃって、こっちにはほとんど誰も来ないから、隠れ家としては最適だったんだよ」

「おかげで、夜になるまで誰にも見つからなかったんだ」

「だから、初めのうちは良かったんだけど、だんだん心細くなって、夜になる頃には怖くなっちゃったの。人がいないから、おばけが出そうな感じがあって。ここ風の音とか結構デカいし。あと、ママのところにいられなくなったら、これからどうなっちゃうんだろうって不安とか」


 秘密基地感覚でいられたのは、昼間だけだったのだ。

 夜になると音を上げた。


 それでも石動が、戻るに戻ることができなかったのは、ここで戻ればいっそう母親から怒られると感じたからだろう。


 だが、石動の不安に反して、石動の母親は娘を必死で探していて、心の底から心配しているようだった。

 おかげで、騒動が解決したあとは、石動は自分がどれだけ母親から大事にされていたのか知るわけだ。以後は、見捨てられてしまうかも、という誤った解釈に囚われることもなくなったらしい。


「そういう時に来てくれたのが、文斗だったんだよね。一番先に私を見つけてくれて」


 石動が、こちらを見て言った。

 それはいいんだけど、パンを食いながら話すのは止してくれ。

 ……まあ、石動なりに緊張を解きたいのかもしれないから、放っておくか。


「俺が見つけた時には、石動の顔は涙と鼻水でいっぱいっていう最悪の状態だったよ」

「そういうのは今思い出さなくていいんだよ。もっと綺麗なところだけ思い出して」


 無茶を言う石動が、パンの袋を丸めた拳で俺の肩をドンドン叩いてくる。


「あと、どういうわけかトイレにも行かずずっと籠城してたから、俺が見つけるまでに漏らしてたみたいで――」

「漏らしてないよ! ちょっとなんか湿っぽいかなって思ったくらいだから!」

「それに比べたら、籠城にこだわらずに途中でコンビニへ行った今の石動は成長したと思うよ」

「文斗さぁ、なんかいじわるじゃない?」

「……散々心配させられたんだから、いじわるにだってなるって」


 俺は、石動と向き合う。

 しゅんとした姿を見せていようが、やるべきことはやらなければ。


 ここからは、真面目に石動から聞き出さないといけない。

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