第45話 失踪

 ゴールデンウィークが終わり、再び通常の学校生活が戻ってきた。


 ゴールデンウィーク明けは学生の数が一気に減る、という都市伝説みたいな噂があったのだが、確かに心なしかキャンパスを歩きやすくなったような気はする。正確にカウントしているわけじゃないから、実際はどうなのか知らないけれど。


 その日の講義をすべて受け終え、俺はサークル棟へ向かっていた。

『現代カルチャー研究会』の扉に手をかけようとした、その時だ。


「越塚!」


 大きな声に驚いて、反射的に振り返ってしまう。

 加嶋が、すごい勢いで俺のもとに寄ってきた。


「……加嶋、どうしたの?」


 心臓がバクバクいっているのを悟られないように必死だった。

 俺の頭の中には、ゴールデンウィーク中に過ごした、石動との最後の夜がフラッシュバックしている。


 彼氏である加嶋には言えないことをしてしまったあとだけに、今現在最悪に会いたくない人物ではあった。


 石動とのことが、バレる。

 俺は、そう恐れていたのだが、どうも様子が違った。


 間近に迫った加嶋の表情には、怒りではなく、心配や不安のようなものが浮かんでいたからだ。


「よかった、ここにいたのか……。越塚。蒼生あおい……見てないか?」

「石動? 石動がどうかしたの?」


 石動と別れた時には、まだゴールデンウィークは2日ほど残っていたのだが、それ以降俺は、石動と会っていなかった。


 サークル棟で顔を合わせたこともなければ、通話やメッセージのやりとりをしたこともない。


 俺と違って石動は、サークルを掛け持ちしているし、同じ学部の友達がいるし、何より加嶋と二人で過ごしているのだろう、と考えて、俺の方から何かしらのアクションを起こすことに億劫になっていたのだった。


 どうせ、ゴールデンウィークが明ければ、キャンパスなり部室なりで会うことになるだろう。

 それまでに、未だに石動の表情や声や匂いや感触を鮮明に思い出してしまうくらい強烈に焼き付いている夜のことをしっかり消化して、なんの変哲もない態度でいられるくらい心を落ち着けなければ。


 そんな気持ちで、こうして大型連休明けを迎えたのだが……。


「越塚も知らないか……。さっきから何度も電話やNINEしてるのに、ぜんぜん返事がないんだ、オレはどうしたらいいのかわからなくて……」

「とりあえず落ち着こうよ、どういうことか教えてほしい」


 第一に石動の様子が気になったことと、浮気を咎められる様子でもないことを悟った俺は、サークルよりもこちらを優先させることにした。

 見事に整った顔立ちをしているのに、今となっては余裕のなさから爽やかな印象すら消えている加嶋は、一呼吸つくと。


「これが、ついさっきオレのところの来たんだ」


 加嶋が俺にスマホを向けてくる。

 NINEのやりとりが表示されていて、俺はそこに書いてある文面を読んだ時、目を疑ってしまった。

  

『賢くん、ごめん。私、学校辞める』

  

 シンプルな文面だが、俺の心を強く揺さぶった。


「何……これ? どういうこと……?」

「わからない」


 加嶋が言った。


「本当に心当たりがないんだ。昨日まで、オレは蒼生と一緒にいて。その時は、別に普通にしてた。それなのに……今日になったら、これだ」


 加嶋は混乱して見えたし、石動と二人で休日を過ごしていたことに対する妬みよりも、石動が退学するかもしれない、ということへの戸惑いが強いあたり、俺も冷静ではないのだろう。


「もしかしたら、越塚なら、蒼生と幼馴染の越塚なら、蒼生は何か言い残してるんじゃないかと思って……」


 加嶋が言った。


 何でもいいから手がかりが欲しい。

 そんな顔をしていた。

 それほど、石動を大事にしているのだろう。


「……わかった。どうして石動が学校を辞めるって言い出したのかわからないけど、俺も協力して探すよ。だから、いったん落ち着いて、場所を変えよう」


 強い贖罪意識により、今、誰よりも会いたくない人物である加嶋と向き合おうという気持ちに傾いた。


「文面を信じるなら、とりあえず石動の身の危険だけはないだろうから、落ち着こう。まずは俺たちが冷静にならないと。今のままじゃ協力したって共倒れだよ」

「わかった」


 加嶋も納得してくれた。

 石動……どうして……。


 やはり、恩義を感じていて、未だに大事に思っている彼氏を裏切るようなことをしてしまったからなのだろうか?


 それだったら、俺にも相談してほしかった。


 確かに会うことに躊躇いはあったけれど、それはこの先も会うことになるという前提があったからだ。


 こんなことになるのなら、俺だって一緒に泥をかぶってたっていうのに。

 まるで石動から信頼されていないようで、加嶋と一緒にサークル棟の外へ向かう俺の足は、はっきりと震えているのを感じた。

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