第41話 最後の晩餐 その1

 大学からの帰路、俺たちはアパートから近いスーパーに寄って、夕食の仕入れを行うことにした。


 この頃になると、いつも通りの会話ができる程度には俺も石動も落ち着いていた。


「肉を焼こうと思うんだ。自宅で焼肉もいいんじゃないかって」


 カートを押しながら、俺は隣の石動に提案する。


「いいね」


 同意してくれた瞬間、石動の腹が鳴った。

 頬を染めた石動は、申し訳無さそうな顔をして腹部の上に手を置く。


 聞かなかったことにしておくか。

 ていうか、食欲旺盛な石動の方が、何だか自然体で振る舞っているように思えて、今の俺には心地よかった。


「ホットプレートは、大家に貸してもらえばどうにかなるし……においは充満しちゃいそうだけど、平気? 服とか」

「大丈夫大丈夫、私はいっそ、お肉の香水がないかって探そうとしちゃうほどの無類の肉好きだから!」

「うん、まあ、じゃあいいや」


 腹が鳴ったのが聞こえてしまったと判断しての開き直りなのだろうけれど、俺はどう受け取っていいのやらわからなかった。


「あ、でもお米はちゃんと用意してね」

「それはもちろん用意するよ」


 焼肉に米は必須であり、なんならベストパートナーである。切っては切り離せない関係にあるのだから、石動に言われるまでもなく用意するに決まっている。


 牛肉のパックやめぼしい野菜をカートに詰めていき、せっかくなので、とジュースも買うことにする。


「そうだ。この前コンビニで買ったお菓子、まだ残ってるけど、あれどうする?」


 俺は訊ねる。

 結局、石動が考えていた宴は行われずじまいということになっているから。


「じゃあ一緒に開けちゃおっか?」


 石動に賛成した。

 うちに取っておいても仕方がないし、石動だって、わざわざ実家まで持っていくのは手間だろう。


 そんな何気ないやりとりをしていると、いつの間にか満たされていることに気づく。


 つい先程、恋愛対象ではない、と突きつけられたばかりだというのに。


 決して、実質フラれた傷が回復したわけではない。

 中学時代と同じようなやりとりを懐かしむことで、心地よかった思い出に逃げているだけだ。


「……石動さぁ」

「なに?」


 俺の声のせいで、石動も不安そうにした。


「この先も、俺たちは友達でいられるかな?」


 女々しいことこの上ないけれど、石動の口から聞いておかないと不安で押しつぶされそうだった。


「そんなの、当たり前じゃん」


 ニコッとしながら、石動は俺の肩に軽くパンチを放ってきた。


「だよな。よかったよ」

「文斗はさぁ、あんまり気にしなくていいんだよ?」

「ああ、そうする」

「一緒に過ごした時間が、全部消えちゃうわけじゃないんだし」


 石動は、この先の可能性を残しておいてくれる。


 だが、俺にはなんとなく悟っていた。

 石動と、この数日間のような楽しい時間を過ごすことは、もうないだろう。

 石動が大事にしているのは、俺ではなく加嶋だと改めてわかってしまったからだ。


 俺自身のメンタルの問題さえ乗り越えられれば、石動とはこの先も友達でいられるのに。


 今のところ、俺には何の解決策も見当たらない。


 明るく盛大に特別なゴールデンウィークを終えるつもりだったのに、気を抜けばすぐしんみりしてしまいそうになるのだった。

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