第39話 告白 その1

 小柄ながらやたらと力が強い強引な先輩に手を引かれ、俺たちはサークル棟1階の、ちょうど中央にある歓談用のスペースに来ていた。


 基本殺風景で薄暗い雑居ビル風のサークル棟にあって、この場所はどのサークルであっても使用してもいい中立地になっているせいか、日当たりがよく明るい空間になっていた。


 天井がある部屋なのだが、四角形に囲むベンチの上には屋根があって、蔦と造花で彩られてカラフルだった。


「ここなら、落ち着いて話し合いができるだろ? 今の時間帯は人通りも少ないから、邪魔されることもない」


 俺たちを共用スペースまで連れてきた先輩は、背中を向けて部室の方へ戻ろうとしてしまう。


「一段落ついたら、また戻ってこい。あたしは部室に戻る。あいつらの誤解解いて、おまえらがサークルで過ごしやすいようにしておきたいし、あと、あたしもあのゲームが動いてるところを見たい」


 先輩が行ってしまうまで、石動は黙っていたのだが。


「…………」


 細めた目から飛んでくる視線は、お前からはよ切り出せや、というメッセージを送っていた。


 仕方ない。説明責任があるのは俺の方だ。


「……置いていったのは、悪かったと思ってる」


 俺は頭を下げる。

 さて、ここからどう説明したものだろう。


 恋人同士の会話にショックを受けて顔合わせづらくなっちゃってました、と本当のことを告げるのは、俺からすればハードルが高い。もう少し、心のウォームアップが必要だ。


「……私だって、悪いと思ってるんだけど」


 顔はこちらを向いたまま、視線だけがそれている石動が言う。


「文斗の態度が冷たくなったの、賢くんから電話来てからだし」


 石動にはバレてしまっていたようだ。

 俺の認識では、素っ気なくしてしまっただけで、冷たく接するほど激しい拒絶は示していないつもりだったのだが。


 俺だって、嫉妬しているだなんて思われたくなかったわけだし。

 全然ダメージなんて受けていないんですよ、と強がっていたかった。


 けれど、石動がそう受け取ってしまうくらい、露骨に態度に出てしまっていたのだろう。反省しなければいけない。


「やっぱり、隣にいないことにされたの、いやだった?」


 石動は、潤んだ瞳で俺を見上げた。


「あれは……あの時は、しょうがないんじゃない? 俺のアパートに泊まってるって、たぶん加嶋には言ってないでしょ?」

「うん、言ってない」

「だろうなぁ。ややこしくなるもんな」


 俺が逆の立場だったとしても、言えなかっただろう。


「友達だけど相手は男、ってなったら、勘違いされて面倒事になりかねないよな」


 周囲には誰もおらず、完全に俺と石動の一対一だった。


「でも……俺は」


 ここで、正直に言っておくべきだと思った。

 ゴールデンウィークに入ってからというもの、どうも俺は石動のことを『同性の友達』以上の何かとして見ようとしてしまっている。


 石動は大事な幼馴染で、小学校と中学校を一緒に過ごしたことは、間違いなくいい思い出だ。


 大事な仲間を相手に、妙なモヤモヤを抱えたままでいたくない。


 再会後の石動は、清楚系女子アナ路線になってやたらと女の子っぽくなっていて、俺はとても驚いた。声音や口調や仕草に、あの頃にはなかった柔らかさがあった。


 だが、見た目だけはボーイッシュ路線に戻った今でも、俺がよく知っている頃の、同性と一緒にいるような気楽な感じとは違う雰囲気があった。


 俺の記憶の中にある石動と同じ中身では、もはやないのだ。


 石動とは、昔と同じ感覚で遊んでいたかった。一時は、あの頃と同じ感覚でいられるのだと信じていたけれど……やはり、いつまでも中学生の時と同じ距離感で付き合うのは無理だということだ。


 少なくとも、過剰に石動に異性を感じてしまうようになった俺には、できそうもない。


 相応の距離感に認識し直さないといけない時が来たのだ。


「俺は、昨日の夜、石動が加嶋と会話してるところ耳にして……たぶん、嫉妬しちゃってたんだよなぁ」


 口から心臓が飛び出そうになるくらいドキドキする。

 何なら、この場で破裂しそうだ。

 少しでも突けば俺自身がバラバラになりそうなくらいである。


 俺の完全無防備な本音そのものだったから、石動の反応が怖くして仕方がなかった。


 声が震えなかっただけでも、自分を褒めてやりたい。


「なんか、聞いていられなかった。だからさっさとアパートに帰ろうとしたし、あれからは石動がどれだけ話しかけてくれてもまともに耳に入らなかったし、今日だって……石動と顔を合わせたくなくて、部室に逃げてきたんだ」


 俺が告白する横で、石動は相槌を打つこともなく、黙って聞いている。


「石動とは、昔みたいな『友達』でいられるって思ってたけど、俺はどうしても石動があの頃とは違う、『女子』そのものにしか思えなくて、前みたいに自然に接することができなくなってた。石動のことを同性みたいな友達って思い続けていられたら、加嶋と電話してたことだって別に気にしないでいられて、石動に冷たい態度取ることもなかったんだ」


 石動を昔と同じように思えなくて辛い、とまでは言えなかった。

 この期に及んで、変な負担を掛けたくなかったからだ。


「……だから、石動のことが嫌になったわけじゃない。石動を異性として見てるってわかった自分に混乱して、逃げてただけだ」


 ここで怖気づいて止まってはいられない。俺は続ける。


「石動のことを、昔みたいに『同性の友達』に思えてたら、こんな格好悪いことにならないで済んだんだけど……黙って家に置いてきちゃって、ごめん」


 言いたいことは、ちゃんと吐き出せたと思う。


 あとは、石動の反応待ちだった。

 俺の頭に浮かんでいるのは、石動からの好意的な反応ではなかった。


『文斗はそうでも、私にとって文斗は「同性の友達」なんだよね。異性として好きなのは、賢くんだけだから……』


 そんな言葉で、俺を突き放す想像が湧く。


 だが、もしかしたら俺は、そんな言葉こそ望んでいたのかもしれない。


 未だ石動蒼生に中学時代の幻影を見ている俺を、石動自身の言葉で以て介錯してもらえたら、と思った。


 昔とは同じようでいて違うのだと、指摘してほしかった。


 そうすれば、今すぐスッパリとまではいかなくても、石動への認識をアップデートした上で、正しく次のステージに進むキッカケにはなる。


 なんといっても俺は、石動を大事に思っている気持ちに揺らぎはないのだから。この先のために、変な遺恨が生まれるようなことにはなってほしくない。


「……文斗さぁ」


 石動が重い口を開く。

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