第34話 幼馴染とお風呂 その1

 一旦帰宅した俺たちは、着替えと最低限の入浴道具を持って銭湯へ向かう。


 お寺を彷彿とさせる、和風な木造建築の外観がまもなく見えてきた。

 単なる銭湯だというのに、なんとなく身が引き締まる思いをしてしまう。


「うわー、すっごく昔っぽいね」


 出入り口の前で、石動が嬉しそうにする。

 決して、古めかしい外観を悪く言っているわけではない。念のため。


 昇降口を境にして、男湯と女湯に別れるから、俺たちは一旦ここでお別れだ。


「終わったら、外で待ってて」

「スマホで連絡すれば良くない?」


 俺は言った。


「そうじゃなくて。先に出た方が相手を待つっていうのやりたいの」


 これは何か昔のドラマに影響されたか。


「まあ、いいけど」


 間違いなく、石動より俺の方が先に上がってしまうのだろうけどな。

 石動がそうしたいというのなら、止めはしないさ。


 俺は石動と別れて、番台をしているお婆さんに料金を渡す。クラシカルな造りの銭湯だから、この手の番台が存在するわけだ。


 その傍らには、ガラスケースの冷蔵庫に収められた瓶入りの飲み物がある。

 ジュース代も手持ちにあるし、風呂上がりにフルーツ牛乳を一気飲みしてやろう、と心に決めながら、男性用の脱衣所に足を踏み入れる。


「そういえば、銭湯に来たのなんて何年ぶりだろう?」


 客がまばらなのをいいことに、思わずつぶやいてしまう。


「家の風呂で充分だったから、わざわざ銭湯に行く必要もなかったし。俺も母さんもスーパー銭湯みたいなところに行くほど風呂に情熱を傾けてなかったしなぁ」


 記憶を辿れば、俺がほんの小さな子どもだった時に何度か来た記憶が微かにあるくらいだ。


 それも、この手のローカルな銭湯ではなく、旅館かどこかに泊まった時の大浴場だった気がする。


 我が家は母子家庭で経済的な余裕はなく、父親から養育費の支払いがあったとはいえ贅沢をしたことはなかったのだが、ごくたまに、泊まり込みで旅行へ出かけたことがあった。そういう時には、宿泊先の部屋にあるシャワールームではなく、大浴場へ浸かりに行ったものだ。


 母親に連れられていた覚えがあるから、女湯にいても許される小学校低学年くらいのことだろう。


「いや、待てよ……」


 俺は、脱いだ服を脱衣所のカゴに放り込む手を止めてしまう。


「あの時……石動もいなかったか?」


 石動母娘と一緒に泊まりの旅行へ行ったこともあるから、小学校低学年くらいの年齢の時、一緒に大浴場へ行った記憶は……確かにある。


「……全部脱いでから余計なこと思い出させるなよな」


 俺は、ボディタオル用の生地の薄いタオルで股間を隠すのだが、これは大浴場に入浴する時の俺の習慣であり、決して一緒に入浴した際の石動を思い出して催してしまったわけではない。あの頃の石動なんて、体全体がまだのっぺりしていた時代だからな。だいたい、記憶もおぼろげだし。


 しかし……曲がりなりにも俺は、石動の裸体を見てしまっているわけか。


「まあ、だからなんだって話だけど」


 これが中学生くらいのことなら、男子の友達相手にマウントを取れたんだろうけどさ。

 大学生になった今となっては、むしろ自慢なんてしようものなら人格を疑われてしまう。


「うぉぉぉぉ!」


 隣の脱衣所から、聞き覚えのある声で嬌声が聞こえた。


「広いっ、富士山の絵、すごっ! 桶が黄色い!」


 はしゃいでいるのは、石動に違いない。


「恥ずかしいヤツ……」


 感動するのは別のいいのだが、思いっきり声に出てるよ。

 もしかしたら、女湯の方は他に利用客がいないのかもしれない。


 小学生男子みたいな素直な感動をあらわにする石動の反応に、幼馴染のちょっとした性的な思い出なんて吹き飛んでしまう。


「……確かに、感動するのもわかるどさ」


 男湯に足を踏み入れて、なるほどと思った。

 風呂に隣接した壁には、確かに雄大な富士山の絵が描かれていた。モザイクだから、教会で掲げられる宗教画みたいに神聖に思えた。

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