第33話 ファミレスにて

 ボランティアのあとは、予定通りファミレスに寄ることになった。


 時間的にちょうどいいので、ここで夕飯にしてしまおうということになる。

 お互いジャージのままなのだが、近所だから大丈夫だろう。このファミレスは駅前ではなく、住宅街から少し外れた場所にあるから、人目を気にすることなく気楽に入れるのが魅力だ。俺も越してきたばかりの頃、何度かお世話になった。


 俺と石動は、店内の端にあるボックス席に向かい合って座っていた。


 石動の前には食べ盛りの男子高校生かよってくらい大きなハンバーグが目を引くハンバーグセットがある。

 清楚系女子アナのイメージを引っ張っているせいで、そんな食えるのかよ、と心配してしまうのだが、石動はおかわりを要求しそうな勢いでハンバーグとライスを消化していた。

 ミニ天丼&天そばセットの俺とは偉い違いである。まさか、食事量でも石動を未だに超えることができないとは。


「文斗、大丈夫?」


 石動から心配されてしまう。

 食欲のことではない。


「もう痛みはないから、気にしてなくていいよ」


 俺と石動の鬼ごっこは、俺の惨敗という結果に終わった。


 ガチダッシュをする石動を追いかけようとした時、俺のふくらはぎが悲鳴を上げたのだ。


 幸い、肉離れを起こしたわけではなく、足がつっただけなので、休憩後の作業に支障が出るほどではなかった。日頃の運動不足が祟ったかたちだ。


「私もちょっと、調子に乗っちゃったから」


 石動が言う。


「今日の石動は、楽しそうでよかったよ。本当は俺だけが宿代代わりに働かないといけないことだったから」


 面白そう、という理由でついてきてくれた石動だけれど、大学1年生のゴールデンウィークを河川敷の美化で潰すのは、遊びたいざかりの石動には不満だったのでは、と思っていたのだ。


「本当に楽しかったんだよー。ゴミ拾いも結構楽しかったし、ちっちゃい子と遊んだのが一番気分転換になったかなぁ……って、どうして笑ってるの?」


 石動が首を傾げる。


「いや、子どもを追いかけてた時の石動、なんか昔みたいだなって思ったんだ」


 童心に返ったような石動を見ているのは楽しかった。

 濃密な時間を一緒に過ごした頃の石動が顔を出していたからかもしれない。


「それ、私も思ってた」


 恥ずかしそうに微笑みながら、石動は言う。


「高校の時は、追いかけっこなんか全然やらなかったから」

「まあ、小学生の時みたいにはいかないだろうね」

「そうじゃなくて」


 石動は目を伏せる。


「本当は、今日みたいなああいう感じとか、文斗と一緒にゲームやってる時の方が、私らしいって感じがするんだよね」


 確かに、再会直後の石動からは、そんなイメージは湧きそうにない感じではあった。


 けれどそれは、石動なりの『成長』の証であり、俺の幼馴染だった頃の姿から望んで脱却を図った結果なのだと思っていた。


「変なヤツだな。あの女子アナみたいな格好も、石動の好きでやってたんじゃないの?」

「うーん、ああいうのも、きらいじゃないんだけどね」


 伏し目がちな石動は、フォークの先で残り一欠片程度になったハンバーグをつつく。


「でも、私らしくはないっていうか」

「まあ俺のイメージする石動も、同性にモテるイケメンの女の子、って感じだから」

「なにそれ。文斗、そんな風に思ってたの?」


 うってかわって、石動の目がニヤニヤ笑いの三日月みたいなかたちになる。


 しまった。

 イケメン女子、というワードは、あくまで俺が心の中で石動を評価する時に使っていただけで、石動に直接『君ってイケメン女子だよね。カッコいいから同性に人気あるし』と言った覚えはなかった。


「思いの外高評価じゃないですか~」

 

 うざい後輩みたいな口調で煽ってくる石動。食事のスピードも回復していて、クソデカハンバーグを完食し、残り半分になったライスとスープに手を付けていた。


「うるさいな。……あの頃はそう思ってたよ。ていうか、俺は一貫して石動への評価高いからね?」


 こうなったらもう隠したってしょうがない。

 褒める言葉なのだから、そもそも隠す必要がないわけで。


「まあ、女の子っぽくなった石動からすれば、あの時の俺のそういう評価って不名誉なのかもしれないけど、別に貶す意味はないから」


 我こそは女子である、という自認が強い女の子からすれば、イケメン扱いは嫌がるかもしれない。


「そんなことないよ」


 石動は言った。


「あの頃の私は、男の子っぽく見られたいなー、って思ってたから」

「そっか……」


 ならいいのだが。


「だって、女の子っぽく見られたかったら、中学の制服はスカート選ぶでしょ?」

「校内では石動だけスラックスだったからな」


 一部の見る目がある男子からは残念がられていた記憶がある。


「そうそ。1年生の頃は、『わざわざそんな格好して、そうまでして目立ちたいの?』なんて先輩から絡まれて」

「結局その先輩も石動の軍門に下ったんだよね」

「いつも絡んでくるなー、なんて思ってたら、バレンタインにチョコもらっちゃったからねぇ。まさかの展開でびっくりした」

「いや、絡んでくるたびに、『あ、これケンカ仕掛けに来てるんじゃなくて単に石動に会いに来てるだけだな』って、傍目から見てわかるくらいだったから。石動が鈍いんだよ」


 石動は、良くも悪くも同性の注目を集めたのだ。


 女子の制服がスカートとスラックスの選択制になったのは、俺たちの代で導入された新しいシステムだ。上級生からすれば『変わった格好をする変なやつ』という認識を持っても仕方がないのかもしれない。


「結局、最終的にはフッてやったわけだけど」


 石動は、窓の外を見つめながら哀愁あるため息をついた。


「これ以上ない復讐劇だったよな。高校生になってもまだちょっと引きずってた感あったし」

「え、文斗、佐藤先輩と同じ高校だったの?」

「そうだよ。そこまで交流があったわけじゃないけど。わざわざ1年の教室まで来て、石動は元気にしてるか、とか、連絡先知ってる? とか、散々訊かれたんだから」

「教えたの?」

「俺だって石動がどうしてるか知らなかったんだから、教えようがないでしょ。でも先輩は元気に卒業していったよ。その時には彼氏もできたみたいだし、たまに一緒に歩いてるの見かけた」

「ふん、まー、結局その程度のガッツしかなかったってことだよねぇ」


 完全に勝者の風格を漂わせる石動。気にしていない風に思えたのだが、石動なりに何かと絡まれていたのはストレスだったのかもしれない。


「別に、百合女子を貫こうって思ってたわけじゃないからいいんじゃない? 女の子だから好きってわけじゃなくて、石動のことが好きだったんでしょ」

「あっ、なんで文斗はそっちの味方するの」


 味方しているつもりはないし、どちらかというと石動のフォローのつもりだったのだが。


「石動みたいに、信条があって中性的な格好していられるのもそういないだろ」


 俺は石動を思いっきり褒めることで、その矛先を変えようと試みる。


「私は別に、そんなたいしたことしてないよー。女の子みたいにするのがすっごく嫌だー、って思ってたわけでもないし。なんだったら、中学の時だってスカート穿いたってよかったんだよね。髪を長くしたって、ぜんぜんよかったんだよ。私はね」


 石動の告白は、俺からすれば衝撃的なものだった。


 てっきりあの頃の石動は、何らかのポリシーがあって、中性的なスタイルに徹しているものと思っていたからだ。俺の場合、それこそが当時の石動のアイデンティティだと思っていたくらいだ。


「石動の言い方だと、誰かのためにあえて中性的な感じにしてたって聞こえるけど?」


 気になって、俺は訊ねてしまう。


「文斗のためだよ」


 気づかないかなぁ、とつぶやきながら、完食した皿を前にして、石動は頬杖をつく。


「そっちの方が、文斗と一緒にいられるかもって思ったから」


 思わぬ爆弾が飛んできた。

 俺のために、石動はボーイッシュな感じでいたのだという。


「文斗って、私以外の女の子相手だとぜんぜんお話にならない感じだったからね。私まで女の子っぽくなった時の文斗が心配で心配で」

「俺はそこまでダメダメだったのか……」


 ショックだなぁ。

 石動を相手にする時ほどではないが、俺はクラスの女子とも無難に接していた覚えがあるのだが。


「そうだよ」


 迷いなくハッキリと言われてしまっては、認めるしかあるまい。


「でも、文斗と一緒にいて楽しかったから、私はあの時決めたことに後悔はしてないんだ」

「そりゃ俺だって楽しかったけどさー」


 頼りない男認定されていたことに、俺は思いの外ダメージを受けていた。


「そんな落ち込まなくていいじゃん」


 石動は眉をハの字にしてこちらの心配をしてくれる。


「そうだ。今日はこのあと、銭湯行かない? 駅から文斗の家に行くまでに寄り道して見つけたの。大きなお風呂でスッキリしちゃえばいいよ」

「銭湯? ああ、そういえば近くにあったなぁ」


 昭和レトロな趣のある銭湯のことは、俺も知っていた。行ったことはないけれど、地元の人間に長く愛されているスポットらしい。


「わかった。せっかくだし、行くことにするよ。今日は大浴場で足を伸ばさないと、明日に疲れを残しそうだし」


 ここで落ち込み続ければ、いっそう情けない男になってしまう。


 俺も石動も、ちょうど食事を終えたところだったので、会計を済ませてファミレスを出る。石動は最後まで割り勘を主張したけれど、今回は俺がおごった。別に、汚名返上を狙ったわけではない。


「ごちそうさま、文斗」


 その微笑みだけで、出費が帳消しになるような気さえした。

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