第28話 ゴールデンウィーク

 ゴールデンウィークに突入した。

 慌ただしかった大学生活も、ここで一息つくことができるようになる。


 新入生にとって、ゴールデンウィークはちょっとした山場だ。


 新生活に疲れた大学生の憩いのひとときには違いないのだが、ゴールデンウィーク後は、大学に姿を現さなくなる学生が増える時期とも言われている。

 

 学校が合わなかったとか、やっぱり別の大学を受験することに切り替えたとか、バイトが本職になってしまったりだとか、あとは面倒になったとか、事情は色々だ。


 その点、俺は心配していなかった。


 第一志望の合格を勝ち取った努力を無駄にする気はなかったし、人間関係の目処も立ったし、講義についていけている。


 大学生の5月病になることもなく、ゴールデンウィーク後も学校に通っていることができそうだった。


 そんな余裕を持って迎えたゴールデンウィーク初日。


 予定通りサークルに顔を出したあと、語学の宿題をこなしていた時、石動がやってきていた。


 サークルで鉢合わせた時、たしかに石動は、『今日行くからよろしくね』と俺に伝えていた。

 けれどまさか、夕方過ぎになって来るとは思わなかった。


「なんか、ついでに夕食食って行きます! みたいな時間に来たな……」

「おごってくれるの?」

「簡単な男飯でよければ」

「ありがとう!」


 瞳を輝かせた石動は、もはや勝手知ったる我が家な振る舞いで、座布団に座った。


 最近は、石動が来るたびに毎日手料理を提供している気がする。

 まあ、最低限の腕前しかない俺なんぞの料理で喜んでくれるなら悪い気はしない。


「それより――」


 今日の石動には、そんなことよりも気になるところがあった。


「やたら大きな荷物持ってるけど、旅行へ行く予定でも立てたの?」


 石動は、通学用にしては大きくて立派なカバンを手にしていた。キャリー付きで、ガラガラと引っ張れるやつだ。


 サークルの合宿へ行った加嶋と遊ぶ代わりに、友達と旅行へ行く計画でも立てたのだろう。ゴールデンウィーク全部を俺と遊ぶことに費やすようなことは、流石になかったか。


「言い忘れてたことがあるんだけど」


 石動は、急に真剣な顔つきで正座をし、俺と向き合うかたちになる。

 いったい、石動の身にどんな深刻なことが? と身構えていると。


「この連休の間だけ、泊めてください」


 石動は、座ったままこちらに頭を下げる。


「えっ、なんで?」


 真っ先に疑問が頭に浮かぶ。


「それ、旅行用の荷物じゃないの?」

「違う。お泊りセット一式。文斗の家用」


 何故、わざわざ俺の家に? お泊りするならもっといいところあるだろ。


「なんかあったの?」


 もしかしたら、石動なりの大事な用事があって、やむを得ず泊まりのお願いをしてきたのかもしれない。

 とにかく俺は、石動のために真剣に考えていた。


「それは……」


 顔を上げた石動は、俺から視線をそらしていて気まずそうにしていた。


「うちのママに彼氏がいることは、前に話したでしょ?」

「ああ」


 以前、そんなことを言っていた。

 母親の彼氏との仲は、概ね良好らしいが……。


「で、ママはゴールデンウィーク使って旅行に行きたかったんだって。私と、ママの彼氏も一緒に」

「ああ、そういうこともあるかもね」

「でも私、2人には、水入らずで旅行を楽しんでもらいたかったんだよ」

「まあ、いい心がけなんじゃない?」


 石動としては、母親の恋を応援したいのだろう。


 石動は俺と違って、物心付いた時にはもう父親はいなかったから、父親の存在に憧れる気持ちがまだ残っているのかもしれない。


「私のことは気にしないで2人で行ってきたら? って言ったんだよ。ママはちょっと心配そうにしてたけど、喜んでくれた。でもママと彼氏が旅行行っちゃってから気づいたんだよね。『あれ、私って家事できなくね?』って。この先一週間、私一人で全部しないといけないって思ったら……」


 石動は半泣きになり始める。


「まさかそれで、俺を頼ろうと?」

「だって私だけでゴールデンウィークを乗り切らないといけないなんてムリだよ~」


 そう言って泣きついてくる石動。


 そういえば石動は、家事の類いはまったくダメなのだった。


 どちらかといえば器用なタイプだから、やる気になればどうにかなると昔から思っていたのだが、必要に迫られてもこの調子で逃げ出すとなると家事には絶望的に向いていないらしい。


「私のことは大丈夫! って大見え切ったあとじゃ、やっぱムリかも~、なんて言えないしさ……」


 石動なりに、母親への孝行をしたかったがゆえの提案ではある。


「文斗~、助けてよ~」


 とうとう俺の膝にすがりついてくる石動。すっかり猫型ロボットを頼りにしているみたいになってしまった。ここまでポンコツな石動は初めて見るかもしれない。


 食事くらいなら出前サービスを頼めばどうにかなるから飢える心配はないのだが、だからといって石動家が悲惨な状態になるのも困りものだ。


 頼みの綱であろう加嶋は、サークルの旅行へ出かけて不在。もし、加嶋にサークル合宿の用事がなかったとしても、加嶋を頼ったのかどうかは不明だ。


「……わかったよ。いいよ、泊まっていきなよ」


 雑念抜きにして、頼りにされたことは、単純に嬉しかった。

 もちろん、大事な友達として。


 ただ遊びに来るだけと違って、ずっと高いハードルを乗り越えないといけない事態になってしまったけれど、石動を大事にしたい気持ちに変わりはない。


 俺のくだらない雑念で、大事な友達を放り出すようなことはしたくないのだ。


「ほんと!? ありがとう!」


 石動は飛び上がる勢いで立ち上がり、俺の手を取ってぶんぶん振り回してくる。


「やっぱり文斗なんだよなぁ……」


 しみじみとした声で、石動が言う。


 過剰に持ち上げられても俺は何もする気がないのだが、いい気になっている自分がいた。

 急な泊まりの提案で困ることはあるものの。


「泊まりなら、この前みたいにすればいいか……」


 大丈夫。前例はあるのだ。

 あの時は、何の問題もなかったじゃないか。


「そうだ、今度は布団くっつけちゃう?」


 だというのに、石動が危うい提案をしてくる。


「何故そんなことを?」

「そっちの方が昔っぽくていいでしょ」

「昔っていったって、小学校の低学年くらいの時の話じゃない?」

「そうだっけ?」

「そもそもうちには、布団は1枚しかない」

「じゃあ文斗が入ってきていいよ。家主を放り出すのはかわいそうだから」

「そんなことするくらいなら外で寝るよ」

「あっ。どういう意味?」

「……とにかく、前と同じでいいから。俺は端にいるから、石動は布団使って」 


 不服そうにする石動だが、どうしてそう不満にするのかわからない。


 石動と違って、こっちはばっちり貞操がある状態なのだから、思わせぶりなことをされると妄想が爆発して厄介なことになるのだからほどほどにしてほしい。


「とりあえず、よろしくね、文斗」


 石動が、お泊りセットなるものが入った旅行かばんを部屋の隅へといそいそと運ぶ。


 その途中、石動がこちらを振り返る。


「これでゴールデンウィーク中は、文斗と同棲生活だね」


 にっこり微笑む姿に、意味深なものを感じるのは、俺が邪念に囚われているからに他ならないに決まっているのだ。

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