第26話 ゲームショップ巡り その1
大学生は、高校生と違って圧倒的に時間に自由が効く。
一コマ90分の講義なので、1限だけでも空けば相当な自由な時間を確保することができる。その間に近場へふらっと出かけることも可能だ。なんだったら、ゆるい講義なら自主休講という名のサボりだってできてしまえる。わざわざ休日に時間を取ることもない。
九重先輩から教えてもらったレトロゲームショップに出かけたのは、一週間のど真ん中に当たる平日だった。
「学校の途中なのに抜け出して遊びに行くって特別感あるよね」
店舗へ続く階段を昇りながら、石動が言う。
この中古ショップ『むかしや』は、雑居ビルの3階にテナントとして入っていた。エレベーターを降りたあとにもちょっとした階段がある謎仕様だ。
「そうだな、サボりっぽい感覚がある」
俺も石動も決して自主休講にしたわけではない。お互いに取っている講義が、教授の都合で休講になったのだ。
「そういえばここ、一桜ちゃんが教えてくれたんでしょ?」
「そうだけど。石動、相手は先輩なのにもう名前呼びになってるのか……」
「だって一桜ちゃんって話しやすいから。なんかなんでも言えちゃうんだよね」
確かに話しやすい先輩ではあったけどさ。俺からすれば、流石に先輩相手に下の名前でちゃん付けは難易度高いぞ。相手が同性か異性かでまた違うんだろうけれど。
そんな話をしながら、店舗内に足を踏み入れることになった。
自動ドアを通り抜けた瞬間から、俺は圧倒された。
両サイドには、膨大な量のゲームソフトが並んだ棚がズラッとあり、いまにも俺たちを押しつぶそうとしているくらいの圧を放っている。
いきなりの物量攻撃に圧倒されながら、とりあえず俺がよく知っているゲーム機のソフトが並ぶコーナーを探して歩く。
石動も俺と同じように圧倒されてしまっているようで、「すご……」と感想を漏らすだけで、ひたすら俺にくっついてくるだけになっていた。
おまけに、俺の腕を掴んでくる。
そんな不安か……?
しばらく歩くと、ようやく見知ったソフトが並んでいるコーナーにたどり着く。
実家のような安心感だ。見慣れたパッケージの前だと、物量の圧力があろうとも圧倒されなくても済むようだ。
「この辺見てっていい?」
「いいよ。文斗が見てるのを見てることにするから」
「それじゃつまらなくない? 石動も、なんか興味あるのあったらそっち行ってもいいけど?」
「……迷子になりそうだから」
そう言って石動は、俺への密着度を高める。
「……そういえば」
俺は、膨大に並んだソフトの一つを手に取り、パッケージの裏側をぼんやり見つめる。こうして眺めているだけでも楽しめるのだが、今するべきことは違う。
「九重先輩に、俺と石動が付き合ってるみたいな誤解をされかけたぞ」
おまえ、俺のことどう美化して説明してたんだよ、という気になる。
「そうだったんだ? 普通に文斗と仲良しってことを言いたかっただけなんだけど」
悪びれることなく答える石動。
石動が俺を仲がいい枠に入れてくれていると知って嬉しく感じるのは、今は複雑だ。
「まあ、小学校の時ならともかく、中学生になってもお互いの家でよく遊んでました、なんて言ったら誤解もするか……」
中学生になると思春期に突入し、急に女子を『異性』として見るようになるから。小学生の時は男女グループで無邪気に遊んでいたのに、中学に入った途端に付き合い始める例は身近にいくつもあった。
そう考えれば、俺と石動の関係性は特殊だ。
中学生になっても、同性と同じ感覚で付き合える異性なんて貴重だろうから。
……ただそれも、近頃は俺の事情で怪しくなってはいる。
正直な気持ちを言えば、俺はこの先も、石動と付き合い続けていたかった。
俺が唯一、小学校時代から付き合いのある、『同性の友達』として、だ。
けれど今の石動は、彼氏持ちだ。
俺が石動を『異性』として認識しようものなら、別の意味が生まれてしまう。
父親の浮気によって家庭のゴタゴタに巻き込まれた身としては、実父と同じ道を歩みたくないのである。
「今度、石動からも言っておいてよ。たぶん九重先輩ってまだ俺たちのこと疑ってるみたいだから」
俺は、手に取ったソフトを棚に戻しながら、石動に言った。
「『付き合っちゃえよ』みたいなこと言ってきた時はびっくりしたよ。あの先輩、いい人だと思うけど、ちょっと強引なところがあるよな」
悪い人だとは思わないけれど、自分にとって面白いことを優先させそうな印象がある。あまり先輩のペースに巻き込まれないようにしないと。
石動は、俺の足元にしゃがみ、棚の下段に並んだソフトを物色している。
「文斗、私、思うんだけど」
石動が顔を上げる。
俺をしっかり見据えていた。
「いっそ一桜ちゃんが言ってたみたいにしちゃう?」
時間が止まりかけた。
友達同士なはずなのに、どうしてそんな発想になったのかわからないが。
九重先輩から言われたようにするということは、つまり石動と付き合うということ。
いや、それより。
おまえ、そんなこと言ったら加嶋はどうなっちゃうの?
「なーんて、冗談冗談」
石動が種明かしをする石動が、俺の脚をバンバン叩いてくる。
やたらとスナップを効かせてくるから、とても痛い。でもこの痛みがクセに……なるわけないだろ。
「文斗と私は、友達だもんね」
石動が言った。
「ていうか、賢くんいるし」
「そうだよ。なんで『忘れちゃってた』みたいな顔してるんだよ」
「それくらいやんないと、文斗だって引っかからないでしょ?」
「本当にびっくりしたから、そういう冗談はやめてくれ」
「へー、びっくりしたんだ。じゃあちょっとは本気にしてくれちゃった?」
「……もうこの話は終わり。不毛だから」
俺は大げさに腕をぶんぶんと振って話を打ち切ろうとする。
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